247.夏場は辛いよ


「暑ィ……」


 8月8日、土曜日の試合前。試合前練習のためにグラウンドに出た高橋は、特に激しく動いた訳でも無いのに既に背中にじんわりと汗をかいていた。


 夏場は普段はデーゲームで行う週末の試合でも気温が高いことを考慮してナイターでやるのだが、それでも暑いものは暑い。それに試合前に行われる練習は試合が始まる4時間くらい前から行われるから、練習は一番気温が上がる時間帯から始まることになる。


「高橋はさ、体重落ちたりしてないか? 疲れが溜まってたりとか……」

「体重はちょっと落ちちゃってますかね。って言っても、2~3キロくらいですけど」

「そっか……。じゃあ、それ以上落とさない様にしねぇとな。毎年のことなんだけど、俺も夏場に体重落ちちゃうんだよな……」

「青原さんでも、ですか……」


 夏場の体重維持は多くのプロ野球選手にとって大きな課題である。体重を落とすことはそれだけ体力が奪われているということでもあって、シーズンを通して安定した成績を残そうというのであれば越えなければならない壁なのである。


「どうしても夏場って食欲落ちるんだよなぁ。特に主食とか、なんか喉を通らなくって」

「分かります、それ! どうしても食べる量が減っちゃうんですよね。今は寮で食べれるように工夫して貰ってるんでマシな方だと思うんですけど……」


 スポーツ選手は食べる量が多いというイメージがあるだろう。それ自体は間違っていないのだが、いくら食べると言ってもやはり食欲の増減はあるものだし、疲労が溜まれば食べれなくなることだってある。それに、野球選手に限らずアスリートは運動量がかなり多いから、どうしても夏場に食欲が落ちればダイレクトにそれが体重に反映されるものなのだ。もちろんその選手の体質によるものも大きな要素ではあるのだろうが。


「俺は寒い方が調子出るんだよなぁ。もう15年くらいプロに居るからいい加減慣れろって話なんだけど、こればっかりはなぁ……」

「実は僕は夏って嫌いじゃ無いんですけどね。暖かい方が何か体がキレてくれる感じがするっていうか。去年なんかは仙台ここより暑いところで練習してましたし」

「慣れもあるんだろうな。俺、仙台より南が拠点だったことないしなぁ」


 青原は恨めしそうに、高橋はどちらかと言えば好意的に、ギラギラと眩しく光る太陽を見上げる。


「ま、今年も頑張るしか無ぇな。ベタだけど、鰻でも食べて夏を乗り切るかな。なあ、今日の試合終わったら、メシ食いに行かね? ちょっと離れたところだけど美味い店、知ってっからさ」

「良いですね! ぜひ!」


 パァッと笑顔になってグラウンドに駆け出した高橋を、青原は苦笑いしながら見送った。


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