43.意外と大変
パチーン!
「ナーイスボール!」
心地良いミットの音と、キャッチャーを務める林の声がブルペンに響き渡る。
「やっぱり偶然じゃなさそうだな。お前、何でケガから復帰した瞬間覚醒してるんだ? 足腰が強化されていたとしても、感覚とかおかしくなってるもんだろ、普通。」
寺田が首を傾げる。
「うーん、何でですかね?」
何でこんなに調子が良いのか、本気で自分でも理由は分からない。
「こんだけ投げれてるんなら、多分大丈夫だろ。クイックとか牽制の練習、始めてみるか。じゃあ、隣のサブグラウンドに行こうか。」
——うん、牽制はそんなに心配要らないはず。問題はクイックの方だな……。
元々高校の頃から、牽制は得意な方だった。大学に入っても、サウスポーだということも相まって、『六大学で最も盗塁しにくいピッチャー』なんて言われた事もあったものだ。
一口に『牽制』と言っても、パターンは幾つもある。間をとるためのゆっくりの牽制もあればもあれば、ランナーを刺しにいくための素早い牽制もある。さらに、セカンドへの牽制に関しては、プレートを外した後に右回りでセカンドベース方向を向くパターン、左回りでセカンドベース方向を向くパターンの両方があって、プロで投げているレベルのピッチャーならば得意不得意はあれどいずれのパターンも習得している。
牽制は細かいプレーではあるのだが、これがキッカケで崩されたりする事もあるのだから、侮れないプレーだったりするのだ。
「よし。じゃあ、まずはファースト牽制からやろうか。ファーストに職員さんに立って貰って、俺はこっちから見るわ。」
「分かりました。」
プレートに左足を沿わせて、セットポジションに入る。
——ああ、立つ位置を変えたせいなのか、なんか違和感があるなぁ。
パッとプレートを外して、素早くファーストへ送球、したつもりだったのだが。
「どわっ!」
「あっ、すいません!」
投げたボールは、大きく左上に逸れて、後ろの防球ネットへ。大暴投だ。
——あれ、何か難しいなぁ。なんか、こう……。
踏み出した足が着く位置の傾斜が違うせいか、牽制球のリリースポイントがしっくりこない。
——もうちょっと右足の外側に体重掛けてみるか?
「もう一回いきます!」
もう一度セットポジションに入る。若干踏み出した足の外側に体重を掛け、ピュッとファーストに送球。
「ボーク!」
寺田が声を張り上げてコール。
「えぇ! マジッスか?」
「うん、踏み出した右足のつま先が、微妙にホームベースの方に向いちまってるからな。」
牽制球には結構複雑なルールがある。『軸足がプレートから離れていない場合、足を牽制球を投げる塁に向けて踏み出さなければならない』とか、『プレートを外さないで牽制する場合、ファーストとサードには送球する真似をしてはならない(必ず投げなければならない)』等と細かく定められていて、これを満たさない場合はボークとなってしまうのだ。
まあ、これまでもずっとピッチャーをやってきた訳だから難しくはない……と言いたいところなのだが。牽制のフォームと投球フォームがあまりにも違いすぎると、相手に見破られてしまいやすくなる。そうなると、盗塁を防ぐ為の牽制が逆効果になってしまう。だから、なるべく投球フォームと牽制のフォームの差をなるべく小さくしたいのだが、例えば足の踏み出し方がマズイと、ボークをとられてしまうし……。
という訳で、意外と気を遣って練習しなければならないプレーでもあるのだ。
「まず、ゆっくりで良いからその位置から真っ直ぐ踏み出す動きを確認するか。」
「はい。」
——これをセカンド、サードでも同じ事やんなきゃいけないのかなぁ……。
思っていたより、苦戦しそうな予感がした。
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