42.謎の現象
「んーと、回復は順調だね。もう骨がくっつきかけてる。若いって良いねぇ。」
レントゲン写真を見ながら、すっかり顔なじみになった外間先生が説明してくれた。
「もうすぐ一ヶ月経ちますけど、あとどれぐらい掛かりそうですか?」
「うーん、そうだなぁ……。ブルペンで投げる位ならあと1週間もすれば大丈夫じゃないかな。ピッチャー返しとかで手出しちゃうと危ないし、バッター相手に投げるのはもう少し待ってからかな。」
リハビリ生活は至って順調に進んでいた。前回、無理してケガしたから、今回は与えられたメニューをこなして、あまりそれ以上をやらないように気を付けた。走ることは問題なく出来るし、リスト強化や足まわりの柔軟性改善などの基本的なトレーニングは出来ているから、ストレスはそんなに感じなかった。
「まあ先生がそう言うんなら、ブルペンで投げるのは再開するか。」
診断結果を球団に報告すると、二つ返事でそう帰ってきた。
——よっしゃ、久しぶりにボール投げれる! 順調にいけば、8月中にマウンドに戻れるかも。そうなれば活躍次第で今年のドラフト指名だってワンチャン……!
「じゃあ、まずは立ち投げでいこうか。今日は最初なんだし、あんまり飛ばしすぎるんじゃねーぞ?」
「ウッス!」
——久しぶりの感触だなー……。でも、慎重に。またケガしたんじゃ意味ないからな。
——プレートの端に足を沿わせて。足を上げたら、そのままセカンドベース方向に大きく振って、右肩を開かないように意識しつつ体重移動して……。
職員さんが構えたミットに、一つ一つの動作を確認しながら投げ込んでいく。
パチーン! という気持ちの良いミットの音がブルペンに響き渡る。
——この感じ、この感じ!
土を蹴り出す感覚。踏み出した時に地面を踏みしめる感覚。パチーン、というミットの音が響いた後の一瞬の静寂。一球一球、感覚をかみしめながら腕を振る。
「なーんかお前、また下半身が柔らかくなったんじゃねぇか? 前よりも体重移動がスムーズにできてる様な気がするぞ。」
すぐ後ろから見ていた寺田が、目を丸くする。
「それに、下半身がしっかりしたからか? 投げた後に体が流れるところまで直ってるし。」
「あれ、そんなこと言われたことありましたっけ?」
「いや、それはあんまり優先度高くないかな、と思ってまだ言ってなかったんだけどね。プロでもそういうフォームで投げてるピッチャーもいるし、いずれ直せば良いだろうと思ってたし。」
「じゃあ、変化球も投げてみますね!」
キャッチャーに合図をして、順番にスライダー、スクリューを投げ込んでいく。
パチーン! パチーン! パチーン!
——うおぉ! 何か思ったところに行く!
なぜかは分からないけれど、思ったところにボールが行く。しかも、良い曲がり方をしてくれる。
「おお、良いじゃねえか。一体この期間にお前はビーチでヘッドスライディングかました以外に何をしたんだ?」
「あの、一言余計じゃないですかね……?」
野球に限らずスポーツをやっているとたまにある事なのだが、競技から一旦離れて戻って来た時に、なぜか今まで出来なかった事が突然出来るようになっている場合がある。今回はまさしくそのパターンで、フォームがバラバラでコントロールも定まっていなかったのに、思い通りのコースに投げ込める様になっていた。
——これなら、いける。
そんな感覚がある。
「寺田さん、俺、なんかいける気がします! 外間先生からゴーサインさえ出れば、ガンガン投げますよ、俺!」
「うん、何か今日のお前の感じを見てると俺もそんな気がするわ。でもな……、クイックと牽制は?」
——そうだった……。俺、クイックとか牽制とか、やること山積みだったじゃねぇか。
「お前、しばらくバッター相手には投げれなさそうなのか?」
「んー、様子見ながら、としか……。具体的な時期はまだ何も聞いてないですね。」
「クイックはともかく、牽制は元々得意そうだったしな。そこまで心配はしてねぇけど、問題はクイックだな。もう2、3日投げてみて良さそうだったら、クイックの練習やるか。時期も時期だし、マウンドに上がるのはその後じゃないかな。」
そもそも、遠征の時にピッチャーとして同じ舞台で戦えないと思った理由は投げるところではなくクイックや牽制などの「細かいプレー」だったはず。
——やるしか、ないな。
同じ舞台で、戦うために。
この時高橋の目つきが変わった事に、寺田が気付かなかったはずがない。
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