44.3パターン

「まあ、ちょっとはサマになってきたかな。」

「ホントですか?」

 寺田が割と満足げな表情で言ってきた。


 牽制の特訓を始めてから2週間ほど。さすがにどうしようも無いほどの暴投をする事は無くなった。そもそも牽制に関してはそんなに苦手意識は無かったから、傾斜や微妙な距離感に慣れさえすればある程度はコントロール出来た。


 救いだったのは、セカンドへの牽制の感覚が今までとほとんど変わっていなかった事。セカンドへの牽制は回り方が2パターンあるから、練習量が半分以下で済んだのはラッキーだった。


 ——これで取り敢えず、ランナーがフリーパス状態になる防げるようになってきたかな……。







「よーし、じゃあ次のステップにいってみるかね。」

「次のステップ?」

「そう。今ってさ、アウトを取りに行く牽制って、まだワンパターンしか持ってないっしょ?」

「まあ、それは……。え、どういうことですか? ランナーを誘い出すフォームを作るってことですか?」

「半分正解。だけど、『誘い出す』って言うよりは『ランナーを騙す』ってイメージだな。」

「?」


 思わずきょとん、としてしまう。


「おう、ピンと来てないみたいだな。オッケー、じゃあまずは実演してみせるかな。右投げなのは許してくれ。」


 そう言って、マウンドに登る。


「じゃあ、まずは普通の牽制な。」


 パッとプレートを外して、体を反転させて牽制球を放る。


 ——う、上手ぇ!


 軽くボールを投げたように見えたが、ボールは針の穴を通すかのように、一塁ベースのほんの少し手前でバウンドした。完璧な高さ、完璧なコース。ファーストが捕った後に最短距離でランナーにタッチしに行ける最高のコースだ。


 ——あのコースに投げるだけでも十分牽制球の役割を果たせると思うけど……。


「じゃあ、次。もうちょっと素早く。刺しにいったと牽制ね。」


 ——見せかける?


 再び寺田がセットポジションに入る。プレートを外して、ビュッと反転スロー。


 ——おぉ、速い!


 そして、またしてもファーストベース手前でワンバウンドする、完璧なところにボールがいく。


「え、普通に良い牽制じゃ……。」

 素早くターンして完璧なコースへの牽制に見えた。盗塁を狙っていたなら、多分逆を突かれて刺されてしまいそうな良い牽制、だと思うのだが。


「うん、まあ今のでも運が良けりゃ刺せる事もあるんだけど。でも、今のはまやかし、だよ。」

「え、まやかし?」

「今の、刺しにいった牽制だと思ったか?」

「え、違うんですか?」


 ——あれで? 刺しにいった牽制じゃないの?


「今、俺の左手とか大きめに動いた気がしなかった?」

「い、言われてみればそんな気も……。」

「だろ?」

「……つまり?」


 寺田がにやっと口角を上げる。


「素早く動いてるようにんだよ。」


 ——動いてる様に見せる?


「ってことは、もっと速く投げれるってことですか?」

「まあ、見てろよ。」


 そう言って、もう一度プレートに足を沿わせてセットポジションに入る。


 サッとプレートを外したと思ったら、もう左足のつま先がファーストベース方向に踏み出される。素早く体を反転させた、と同時にビュッと腕が振られた。


 もちろん、またしても完璧なコースにボールがいく。




 素早い動き。それでいて、これっぽっちも無駄のない動き。しかも、フォームに力感がない。


 ——速い、というか上手い……。


「これが刺しにいく為の牽制。」


 どや顔で振り向いてくる。


「分かったろ? さっきので速く見せて、『俺の牽制はこの程度だよ』って思わせておいて、こっちで刺しにいくんだ。」


 ——なんつーか、これ、ランナーだったら恐ろしいな……。盗塁する気無くても、その前の牽制見て『ここまでは出れる』って思っちゃうよなぁ……。


「まあ、ここまでやれなきゃプロになれない、って訳じゃないけどな。でも、これは武器になるぞ、やってみないか?」





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