88.フォーム改造①
「次、ラストで! ストレート行きます!」
「オッケー!」
足を大きく振り上げて、クロスステップで踏み出す。踏み出した右足にしっかり体重を乗せて、鋭くコンパクトに腕を振り抜く。
「よっしゃー! ナイスボール!」
最後もパチーン! というミットの良い音を響かせて、本日のブルペン投球は終了。感覚としては良い感じ。指にしっかり掛かったボールも多かったし、割とリリースも安定していた。
「よーし、高橋、ちょっと良いか?」
キャッチャーの後ろに置かれていたカメラを覗き込みながら、コーチの齋藤が手招きして高橋を呼ぶ。「ありがとうございました」、と捕ってもらっていたブルペンキャッチャーにお礼を言ってから同じようにカメラを覗き込む。
「んーと、あれ、これどうやって録画したやつ見んの? これか? あれ?」
「あっ、ちょっと齋藤さん、こういうのはボタン強く押せば良い訳じゃ無いですよ、壊れちゃいますって! 多分ここかな……?」
「おぉ、ありがとう! どうにもデジタルは分からなくてなぁ。」
——いやいや、あの、録った動画を再生するだけじゃ……。
再生した映像を、2人が覗き込む様にして見る。家庭用のハンディタイプのビデオカメラだから、2人で見ようと思うとこうするしかないのだ。
「やっぱりなぁ……。」
映像を数分見たところで、齋藤が意を決した様な表情になる。
「ちょっとフォーム、イジらねぇか?」
——えっ?
一瞬、周囲から音が消えた。
——フォームをイジるって……。
去年、丁度同じ位の時期にフォームを変え始めて、かなり苦労してここまでたどり着いたというのに、ここにきてまた打診されるとは。
「あ、ごめん、そんな大きく変える訳じゃないぞ。ただ、右手の使い方が気になってな。」
「右手の使い方……?」
「そう。紅白戦の時にバッターの反応見てて思ったんだけど、多分、投げる前に球種バレてるんじゃねぇかな、って思うんだよ。」
ボールが来る前に球種を見分けられてしまうと、当然ピッチャーとしてはかなり不利になる。球種がバレてしまえばバッターはその球種のタイミングに合わせて待つこともできるし、何より変化することが分かっていれば「思わず振ってしまう」なんてことが無くなる。
「紅白戦の小濃の反応、覚えてるか?」
——そんなに悪い反応じゃなかったと思うけど……。
「確かにボールは良かったと思う。だから結構坂田とか髙鍋は苦労してた感じがするけど、例えば小濃に特大ファール打たれたボール、やけにタイミング合ってたと思わねぇか?」
「そういえば確かに……」
——言われてみれば、変化球挟んだのに思いっきりストレートのタイミングで振ってきた様な……
「それに、その前のスライダーの見逃し方。やたら余裕があっただろ。多分、あれは球種バレてたんだよ、投げる瞬間に。見たことの無い軌道のボールだったから若干ミートポイントがズレてファールになった、ってとこだろ。それに後から小濃にも確認したけど、何となく球種が分かった、って言ってたしな。」
——いや、それはもうバレてたんでしょ、本人がそう言ってたんなら……。
「今日見てみて、多分原因が分かったからな。んで、多分それは少しフォームイジらないとどうしようもないと思うんだよ。」
——ここまで来てまたフォーム変えないといけないのか……。でも……
「ここでチキンになってもしょうが無いっすよね。齋藤さん、どうすれば良いか教えてください!」
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