87.最後のピース
「よろしくお願いします!」
「はいよー!」
もう50歳位だろうか、いかにもベテランのブルペンキャッチャーに合図して、まずは肩慣らしのキャッチボールを始める。1軍のブルペンとは言っても、キャンプ地のブルペンに設備差がある訳でもない。強いて言えば、ブルペンにスポンサーの広告用の横断幕が掲げられているくらいだ。
だんだんとキャッチボールの強度を上げていって、立ち投げで何球か全力で投げ込んだ後、キャッチャーを座らせての投球練習に移る。
「じゃあまず、ストレート行きます!」
セットポジションから足を上げ、そのまま大きくセカンドベース方向に振ってからクロスステップで足を踏み出す。遠回りしない様に気を付けながら、思いっきり腕を振り抜く。
パチーン!
「おぉー、ナイスボール!」
——あ、一発で芯で捕ってくれた!
「なるほど、こりゃブルペンキャッチャーでも捕るのに苦労する訳だ!」
頷きながらボールを返球してくる。
——え、どういうこと?
「あ、2軍のコーチとかスタッフからお前の球捕れねぇ、って聞いてたから楽しみにしてたんだよ。捕るのに苦労する様なルーキーなんて、そう多くはないからな。」
——その割には、結構簡単に捕った様な……
「お、なら何で俺が簡単そうに捕れてんだ、って聞きたそうな顔だな?」
「あ、いや……」
「なーに、単に俺はこういうボール捕るのが初めてじゃ無い、ってだけだよ。このチームには今まで居なかったけど、強いチームには大抵ワンポイントの左キラーが居てな、俺が現役の頃にもお前みたいなサイドスローのピッチャーが居たんだよ。」
「そう、このチームは創設以来、ずっと左ピッチャー、特に左キラーのリリーフに困っててな。少し前に一度だけ優勝、日本一になったことはあるんだけど、あの時は24勝無敗っていう無敵のエースがいたし、前の年にメジャーでバリバリやってた外国人選手とかもいたからなぁ。」
聞いていた齋藤が話に入ってくる。
ムーンズ日本一の時は日本中がもうムーンズの球団創設以来初優勝、初日本一に酔いしれた時だからよく覚えている。チームが出来てから初めての栄冠だったというのもあるし、今はメジャーリーグで活躍している中田将秀というピッチャーが史上初の同一シーズン24連勝、勝率10割を達成する等とにかく無双していて、ピッチャーは全員憧れを持ったものである。
「でも、その後ウチは一回も日本シリーズにすら行けてない。去年赤村がFAで入ってきて、2ケタ勝てるピッチャーも居たけど、あと一歩の所で競り負けてクライマックスシリーズのファイナルでやられてる。そして負けた試合は終盤のピンチ凌げなかった。」
急に口調が強くなる。
「だからもう一枚、ここぞの場面で抑えてくれる中継ぎ、特に左キラーが出てきてくれればこのチームは間違いなく優勝出来る。お前がその最後のピースになれ、高橋。」
「はい!」
最下位で入ってきたのに、期待してくれてる人がいる。
——拾ってくれたこの球団を、優勝させられるかもしれない……。やってやろうじゃねぇか。
このチームで自分に何が求められているのか、分かった気がした。
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