186.サヨナラ
「打順は7番ブランドンというところですが……、やはりベアーズ栗原監督出てきました! 申告敬遠です。9回の裏、ベアーズは満塁策を選択します!」
「まぁ、当然の策でしょうね。もうファーストランナーは勝敗に関係無いですし、ファーストにランナーが居ればダブルプレーも狙いやすくなりますから」
「そして、打席には8番儀間が……、あっ、その前に代走が出そうですね。ブランドンに代わって田口が起用されます」
——儀間さん、凄い集中してる……
ベンチから飛び出す田口の後ろに、もの凄い集中した表情の儀間が一瞬映った。自分の前の打者が敬遠されるということは「このバッターとの勝負の方が勝ち目がある」と判断されたということである。もちろん満塁にした方が守りやすいだとか色々理由はあるのだけれど、とりあえず打者としては前の打者が敬遠で歩かされるのは屈辱でしかない。故に、敬遠で前の打者が歩かされた直後の打者は「俺のこと舐めやがって!」と燃えるものなのである。
「8番、キャッチャー、儀間ァ元春ゥ! 背番号37!」
儀間が2度素振りをして、足元を平してから打席で構える。
「何か打ちそうだな……」
腕を組みながらテレビを見つめている木山が呟いた一言に、テレビを囲む全員が頷いて同意する。何がそう感じさせるのかは分からない。オーラや気迫なのか、はてまた目線や打席での振る舞いなのか。だが、打ちそうな雰囲気というものは間違いなくあって、それが感じられる時の打率は正直異常なほど高い。
「ピッチャー春吉、第一球を——投げた!」
外角のスライダーに対し、儀間が思いっきり踏み込んでいく。
カァァン!
「打った! これは一二塁間、セカンド飛びつくが——、その右を抜けていくー!」
「「よっしゃー!」」
「やったぁー!」
「抜けたー!」
ブルペンから、待機していた投手陣がブルペンを飛び出して、ベンチに向かう。
「三塁ランナー悠々とホームイン! サヨナラだー!」
一塁ベースに到達した儀間を、ベンチから飛び出してきたチームメート達が水やスポーツドリンクを頭から掛けて祝福する。スタンドからは、勝利の白いジェット風船が打ち上げられた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「放送席、放送席。今日のヒーローは、見事サヨナラタイムリーを放ちました、儀間元春選手と、7回無失点で抑えてチームを勝利に導きました川島投手です!」
儀間、川島の二人が質問に答える度、スタジアムがファンの声援と拍手で包まれる。
——これが本拠地でのヒーローインタビューかぁ……
一度ヒーローインタビューに呼ばれたことはあったけれど、ファンの少ない敵地でのことだったし話すのも上手くなかったからこんな風に盛り上がらなかった。ホームでは観客数の8割方がムーンズファンで、しかもその多くがヒーローインタビューを聞く為に試合が終わっても球場に残ってくれるから、反応してくれる人数がケタ違いなのだ。
——こんなに応援してくれる人がいるんだ……
ベンチ裏からヒーローインタビューを覗いていた高橋の目に、耳に、ファンの存在が焼き付いた。
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