187.本拠地初登板①
「東北クレシェントムーンズ、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、涌谷に変わりまして——、背番号53! 高橋ィ龍平!」
7回の表、2アウトランナー2、3塁。2塁ランナーが帰れば同点というピンチの場面で、キャンプ期間中に球団の職員さんに言われて好きに選んだ登場曲と共に、「高橋龍平」の名前がコールされる。
——よし……!
ベンチから一歩グラウンドに踏み出した瞬間、グワッと熱気が高橋を包みこむ。
「頼むぞー!」
「抑えてくれ!」
マウンドに上がった高橋に、あちらこちらから応援する声が上がる。
「頼んだぜ高橋、このバッターを取ってくれ」
マウンドで待っていた齋藤からボールを受け取って、投球練習を始める。
——これが本拠地のマウンドか! やっぱ硬いなー……
この球場のブルペンで投げた時から何となく予想はついていたけれど、仙台のマウンドは、日本の球場にしてはかなり硬めに造ってある。実は球場によってグラウンドの特性は色々あって、マウンドの他にも例えば芝が人工芝なのか天然芝なのかやその長さになどで打球の速さや打球の跳ね方が変わってくるし、外野フェンスの硬さによって体を当てて取りに行って良いのかどうかなども変わる。球場によって異なる特性に上手くアジャストしながら、その時その場でどういうプレーをするべきなのか、見分けなくてはならないのだ。
——まあでも、しっくりこない感じとかは無いな。
規定の投球練習で、マウンドの感触を確かめる。キャンプ地のマウンドやこの球場のブルペンもこのマウンドとほぼ同じ高さ、硬さになるように調整して造られていたから、特に違和感を抱くことは無かった。なかなか意識する機会は少ないけれど、選手が少しでもプレーしやすくなる様に、あらゆる人が関わって支えてくれているおかげと言って良いだろう。
「バッターは、3番、レフト、遠藤。背番号8」
「さあ2アウトランナー2、3塁、単打1本で同点になるという緊迫した状況。左バッターの遠藤を迎えるというこのタイミングで、ムーンズベンチ、2番手としてサウスポーの高橋をマウンドに送り出しました!」
「ムーンズのリリーフ陣にサウスポーは彼一人ですから呼ばれるのは当然の流れではありますよね。ただ、この勝負所で出されるということは、首脳陣からの信頼を得てるってことでしょうねぇ」
プレートに足を掛ける前に、高橋はゆっくり深呼吸しつつ、スタンドに目線を向ける。スタンドにはほぼ空席無くムーンズファンが座っており、春休み期間中ということもあってか学生や子ども達も多い。中には「しんじてる。」や「GO! MOONS!」と書かれた球団の応援タオルを掲げてくれている人も居て、そして——、
——!
高橋の目に、白地に青字で「53 高橋龍平」と書かれたタオルが飛び込んでくる。ムーンズでは育成選手や監督も含め、試合の時にベンチに入るメンバーほぼ全員の名前入りタオルが販売されていて、しかもそれは色合いを選手自身が好きな色を指定する選手プロデュースグッズになっている。人気選手であればほとんどのファンがタオルを持っているのではないかと思えるほどスタンドがその選手タオルカラーに染まったりもするのだが、お世辞にも知名度が高いとは思えない高橋でも、タオルを掲げてくれるファンがいる。
——俺にも、応援してくれるファンがいるんだ……!
キャンプやオープン戦の時にも自分のレプリカユニフォームを持っている人がいたけれど、一年プレーした沖縄だったから地の利というのもあって応援してくれる人が居たのだと思っていた部分があった。だが、本拠地の仙台でタオルを掲げてくれている人が居るということは全く関係無くとも応援してくれている人が居るということである。
ふう、と息を吐き終わった高橋の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
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