185.ワンプレーの為に
「打った! ショート永島よく追いついた! 踏ん張って一塁へー! 際どいタイミングだが——、セーフだ、内野安打! 9回裏、ムーンズ先頭の島口、内野安打で出塁!」
試合はムーンズ先発の川島が7回まで無失点で抑え、8回は黃が、9回は福原が無失点で繋ぐも打線も相手チームの継投の前になかなか得点出来ず、0対0のまま9回の裏のムーンズの攻撃を迎えた。
「おーい青原、中居、準備始めてくれ!」
「ウス!」
「了解です!」
ブルペンで待機している中継ぎ陣に、続々アップする様に指示が出る。が、高橋の名前は呼ばれない。
「打ったー、強烈! あっと、サードこぼしている! 慌ててボールを押さえるがこれは投げられない! 記録はヒット、サード強襲の内野安打! これでノーアウトランナー1、2塁!」
「よっしゃー!」
「よーし!」
ブルペンに、テレビを見ていた選手・スタッフの声が響く。
「何!? どうしたの?」
あまりの盛り上がりに、ブルペンで投げていた青原がそれを止めて何事だ、という表情を浮かべて集団に何事か問う。
「連打でチャンスです! ノーアウトランナー1、2塁!」
「打順は?」
「ここから下位打線ですけど……、多分6番の小山内さんに代打出そうです」
「藤谷さんか?」
「はい!」
「そしてここで白石監督が出てきました。どうやらムーンズベンチに動きがある様です。ベンチから出てきたのは……、あー、藤谷ですね。背番号6、藤谷がバットを持って出てきました!」
「ここは何としてもランナーを進めておきたい場面ですからねぇ。バントの上手い選手ですから、ここはしっかり転がして7番ブランドン、8番儀間に託すということでしょうねぇ」
——藤谷さん……
トレーナーさんに聞いたところによれば、トレードでムーンズに来てからいつも一番に球場入りして、入念に体のケアをしてから、キャッチボールなどで体を丁寧にほぐしているらしい。ここ数年は年齢的な要因もあって主にバックアップ要因として出場しているらしいから、出番があるかどうかは分からないのに誰よりも入念に準備するということを何年も続けていることになる。
「送りバント!」
「あぁ、これは良いところに転がした!」
「三塁線、絶妙なコースに転がしました! サードが前に出てきますが、これでは間に合わない! 一塁へ送って一塁はアウト! 代打藤谷、難しいバントを一発で決めてきました!」
「流石、と言う他無いですねぇ。代打で彼が出てきた時点でバントしてくるのは相手も分かってたはずですし、ただでさえタッチプレーじゃなくフォースプレーになるランナー1、2塁でのバントって難しいんですよ。それを一発で決めてくるとは、頼れるベテランですよねぇ、こういう選手がいると監督は助かりますよねぇ」
テレビに、小さくガッツポーズを浮かべながらベンチに戻る藤谷の姿が映し出される。
——このワンプレーの為に、藤谷さんはどれだけの準備をしてきてたんだろう……
あまり目立つプレーではないけれど難しいバントを、当たり前の様に一発で決めて帰ってくる。こういうバントを一発で決めると、攻撃のリズムが良くなって打線が勢い付く。自分の記録にはたった1つ犠打が残るだけだが、周りを活かすワンプレーである。
——やば、何か浮かれてた自分が恥ずかしくなってきた……
同じ位早く球場に来ていたはずなのに、準備の差は明らかである。初めて本拠地でやる公式戦に浮かれていた高橋とは違って、藤谷は一人黙々とあるかどうか分からない出番に向けて準備を進めていたのだろう。
——俺だって、プロなんだぞ……!
自分の意識の低さを、高橋はパイプ椅子の上で一人噛みしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます