184.本拠地開幕戦


「打ちました! しかしこれはショート正面へのゴロだ! ショート尾木が捌いて、一塁へ送球! アウト! 3アウト、ムーンズ先発の川島、この回も三者凡退で抑えました!」


 6回表まで危なげなく無失点とベアーズ打線を手玉に取った川島が、表情を変えずにベンチに戻っていく。


「高橋、青原、一回ペースを落としてくれ! 行くとしたら、延長戦になってからになると思う」

「ウス」

「了解です!」


 ここまで試合は両先発が好投を続け、両チーム無得点のまま6回の表を終えたところ。ここまで先発の川島は比較的少ない球数で来ていることもあって、ベンチは川島をもう少し引っ張れそうだと判断したらしく、準備を始めていた高橋と青原に一度投球練習を止める様に指示が出る。


 ——今日は出番無しかな……


 こういう1点を争う様な試合では、基本的に良いピッチャーから順に起用される。一度勝ち越されたら逆転することが難しい状況において失点することは何よりも避けなければならないことであるから、失点する確率が低いであろう信頼のおけるピッチャーを順に出して無失点で凌いでいる間に点を取りに行く、というのが基本的な戦い方になる。


「福原、黃、準備してくれ! それと、ヘルマンもぼちぼち用意しといてくれ」


 高橋、青原と入れ替えで勝ちパターンを任される3人が準備を始める。


「高橋、今はちょっと暑いかもしれないけど、すぐ上着着て体冷やさない様にしとけ」


 ブルペン担当コーチの木山が、マウンドからそのままテレビ前に置いてあるパイプ椅子に向かおうとした高橋に、チームパーカーを手渡す。


「いくらストーブ置いてあるって言っても、この気温じゃすぐ体冷えるからな。それに、体冷やすと肩とか肘とかにも負担掛かって怪我しやすくなるからな。合間にストレッチとかもしておけよ?」


 いくら完全屋内のブルペンで暖房設備があるとはいえ、外気温は1ケタ台。動かなければあっという間に体は冷える。もし出番があるとすれば恐らく1時間かそれ以上後になるだろうから、あるか分からない体を暖まった状態で維持しておくというのは意外と難しいことである。


「今、『きっと今日の出番は無いな』とか思ってたろ?」

「うぇっ!?」


 パイプ椅子に腰掛けようとすると、先に座ってテレビを見ていた青原が顔を上げて高橋に声を掛けてきた。


「まあ、本当に出番が無いことも有り得るけどさ。けど、ベンチに入ってる以上、いつでも自分の仕事が出来る様にしておくってのがプロだぜ。名前が呼ばれなさそうだと思える日でも、投げるかも知れないから用意しとけって言われてる以上、準備不足でマウンドに上がることのない様にしろよ」

「はい、すいません……」


 体を冷やすと肩や肘に負担が掛かるとか、この後に登板機会があったとしてそこで良いパフォーマンスをする為にどうすれば良いかとか、そういう思考にならなかったあたりまだまだプロとしての自覚が足りていないらしい。


「ま、座れよ。良いんだよ、一個一個覚えていけば。最初は皆そんなもんなんだからさ」


 そう言って青原が、そっとストーブを高橋の方に向けてくれた。


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