15.ツケ
「よし、来い!」
誰も居ないブルペンに、林の声が響く。
小さく頷いて、高橋はセットポジションに入る。右足を上げて、そのまま大きく右足を二塁ベース側に振る。クロスステップで足を踏み出し、ひねった腰を一気に回して、その回転の力を使ってピュッと腕を振り抜く。
——ブチッ!
「ウッ……!」
体重を乗っけた瞬間に、右太もも裏に強い電流が走った様な痛みが走った。
右足を踏ん張れずにリリースしたボールは、大きく左に抜けて、防球ネットに到達。
——ヤバいかも、コレ……。
声にならない様な声と共に、地面に手をついて四つん這いになる。痛みに思わず顔をしかめる。
「おい! どうした? 大丈夫か、高橋!?」
慌てて林が駆け寄ってきた。
右太ももを押さえたまま動けない。こんな風に痛みが走ったのは、初めての経験だった。苦しくて、声が出せない。
「太ももか!?」
頷くのが精一杯。動かせない訳じゃないけれど、動かす度に強い痛みが走る。これはちょっとヤバい。捻ったとか、挫いたなんてレベルの痛みじゃない。
「病院で診て貰おう。な?」
はい、と声にならない返事と共に大きく頷く。
林に肩を借り、呼んでもらったタクシーに何とか乗り込んで、近くの整形外科へ。明るくて落ち着いた雰囲気の待合室の椅子に座り、診察の順番を待つ。一緒に来てくれた林が、受付などは全てやってくれた。
「高橋さん、診察室へお入り下さい。」
そう言われて、診察室へ。林の肩を借りて、足を引きずりながら入ると、口元にチョビ髭を生やした先生が、穏やかな表情で座っていた。胸のネームプレートには、『
「太もも裏を痛めた、ってことだけど……、ちょっとここに横になってもらえる?」
言われるままに診察室のベッドに寝そべる。ちょっと痛いかも、とと言われてからもも裏を押される。
「んー、肉離れだな、これは。レントゲンと、一応CTも撮っておこうか。まあ、骨に異常はなさそうだし、見た感じだとそんなに酷くはなさそうな感じだから、そんなに心配はしなくても大丈夫だよ。」
顔を強張らせた高橋を落ち着かせるかの様に、落ち着いた口調で続ける。
「大丈夫だよ、しっかり直せばまた投げれる様になるからさ。」
言われるままにレントゲンとCT検査を受ける。レントゲンで体の向きを変える度に、太もも裏に痛みが走る。本当にこれで酷くないのか、と不安になりながら検査を受けた。
「うーん、そうだなぁ……。」
外間先生がレントゲン写真とCTスキャンの画像を見ながら、腕を組む。それを見て、かなり不安になってきた。
「あ、あの、先生……、どう、ですか……?」
「まあ、診断としては肉離れだね。」
レントゲン写真を指指し棒で指しながら、説明を続ける。
「ほら、ここに線が入ってる様に見えるさぁね。ここが肉離れで筋肉が切れちゃってる部分。まあ、骨に異常もないし、これくらいなら酷い肉離れって訳じゃないから。全治2~3週間、ってところだね。その間は絶対安静。ここで無理したらさらに酷くなるから、我慢してよ?」
——2~3週間の絶対安静か……。マジかよ……。
「……すまんな。」
病院からの帰りのタクシーの車内で、林が急に謝ってきた。
「え? なんで林さんが謝るんですか? むしろ俺が申し訳ない……」
食い気味に林が言葉を発する。
「いや、選手にケガさせない様にするのも俺の役目なんだから。寺田さんとか井田さんとかから無理させるな、って言われてたのに……。ここ何日かかなりの球数を投げ込んでたの、俺も止めなかったからさ……。」
「い、いや、林さんのせいじゃないですって! 言ってなかったですけど、ランニングとかシャドーピッチングとかも回数を勝手に増やしてたんで……。」
「……いや、実はな、知ってたんだよ。遅くにブルペンを平してんのを見てたし、ビーチでめっちゃ走ってんのも見てたんだよ。でもさ、きっと他のチームメイトの活躍を見聞きして居ても発っても居られなくなったんだろうな、って思ったんだよ。俺も、一応コレでも選手だったから、その気持ちは痛い程知ってるんだよ。だから、止められるのはいやなんじゃないかと思って、見て見ぬふりをしてたんだ……ホントにごめん、俺の立場としては止めなきゃいけない場面だったのに……。」
——なんか、迷惑掛けちゃったな……。そっか、林さんも同じ思いをしたことあったんだ……。そっか、俺がケガするのって、俺だけのことじゃないんだな……。
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