14.焦り②
「よっしゃ、じゃあ今日も投げ込むぞ! 来い!」
ユニホーム姿の林が、右手でパチーンとミットを鳴らし、捕球体制を取る。1週間以上経って、ようやく現役選手だった頃の感覚が戻ってきたらしく、ミットの芯で捕ってもらえることが増えてきた。ミットの芯で捕ってもらえると、パーン! という気持ち良い音が出るから、投げていて自分の球が走っている様に感じて、気分も乗ってくる。
まあ、そんな訳でここの所自分でも調子の良さと新フォームの手応えを感じていた。それに、同じ世代があれだけプロの世界で結果出しているのを見てしまったら、こんなところでくすぶっている場合ではない、一刻も早く同じフィールドで戦える様にならなければと思えた。
「今日は、ちょっと強めに行きます!」
林に合図を出して、投球動作に入る。 右足を上げて、そのまま大きく右足を二塁ベース側に振る。クロスステップで足を踏み出し、ひねった腰を一気に回して、その回転の力を使ってピュッと腕を振り抜く。
リリースしたボールはシュルルルル、と風を切って進み、パチーン! という気持ちの良いミットの音を鳴らした。
「おお、何か今日気合い入ってんな! 良いボールだ!」
林が頷きながら、ミットの感触を確かめる。
クロスステップの新フォームから、いつもより少し強めに投げ込んだ。相変わらずコントロールはバラついているけれど、それでもキャッチャーが手を伸ばして捕球できる範囲には行く様になってきていた。
「次で30球になるし、今日はそろそろ終わりにするか?」
——こんなんじゃダメだ。もっとやらないと。早くマウンドで投げれる様にならないと。早くフォーム固めないと。早く安定したピッチングが出来る様にならないと。もっと、もっと、早く、早く——
「あの、そろそろ変化球も投げてみても良いですか?」
「お、投げてみるか? 下半身とか肘とか張ってないか? 無理だけはすんなよ?」
——正直、体のあちこちに張りは感じてる、けど……、そんなこと言ってられないでしょうよ、同世代があんなに結果出し始めてるのに!
「じゃあ、まずスライダー行きます!」
「OK!」
右足を上げて、そのまま大きく右足を二塁ベース側に振る。クロスステップで足を踏み出し、ひねった腰を一気に回して、その回転の力を使ってピュッと腕を振り抜く。ストレートを投げる時と同じフォームで投げ込んでいく。
抜けたかと思える程一塁側に流れた様に見えたボールが、グググッと曲がって左バッターの膝元に入ってくる良いコースに決まった。ボスッ、という鈍い音と共に林があたふたしながら出したミットに収まった。
思わず一瞬立ち上がった林が、目をまん丸にしてミットを二度見。ちゃんと捕れたボールを見て思わず、おお、捕れてる、と呟いた。
「ど、どうですか?」
恐る恐る印象を尋ねる。
「なんだコレ! メチャメチャ良いじゃん! こんな軌道のスライダー、初めて見たよ! これ、打てるヤツほとんど居ないだろ!」
大絶賛である。
——お? なんかスゲー良い反応してない?
「あの、もう一球スライダー投げて良いですか?」
「おう、よっしゃ来い!」
再び右足を上げて、投球動作に入る。独特なテンポからクロスステップで足を踏み出して、さっきと同じようにビュッと腕を振った。……つもりだった。
抜けたかと思える程一塁側に流れた様に見えたボールは、そのまま左バッターの背中側に抜けていく。
「のわぁっ!」
林も叫びながら懸命に左手を伸ばす。が、ボールはミットに一切触れる事なく後ろの防球ネットに突き刺さった。
——あ、あれ……? さっきと何が違ったんだ?
同じように投げたつもりだったのに、今度は全く変化しなかった。
「まあ、まだそういう段階だろうよ。焦ることじゃないし、一つ一つステップ踏んでる最中なんだから。」
ボールをこねながら、林が声を掛けてくれた。
「まずストレートだけでも良いから、リリースポイントを安定させようぜ。」
そう言っては貰ったものの、改めて同世代のトップ達との差を痛感。まだ自分は、マウンドに上がれる状態でさえないことに、自分自身がガッカリする。
——こんなんじゃダメだ。もっと投げ込まないと。もっと走り込まないと。もっと安定して投げれる様にならないと。もっと、もっと、もっと……。
それからというもの、ブルペンでの投球練習の時の球数を増やした。そして、その後は毎日1000回以上のシャドーピッチング。もちろん、投げ込みの後に、ビーチでの走り込みも欠かさない。練習メニューを増やして、自分自身に負荷をかけていく。
——きっと回数を増やせば、もっと負荷をかけていけば、より早く追いつけるはず。もう周りはあんなに高いところで結果を出し始めてんだから、悠長にやってるヒマはないはずだろ……!
一刻も早く、マウンドへ。一刻も早く、同じフィールドへ。その為には、とっととフォームを固めなければ。
その思いだけで、ひたすら目の前のメニューを一つ一つこなしていった。
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