166.開幕戦④

「良い当たり! しかしこれはショート正面へのゴロになる! セカンドはアウト、ファーストに転送! 森野は俊足ですが——、一塁もアウトだー! ダブルプレーでスリーアウト! 相手のエラーとフォアボールで先制のチャンスを作りましたが、フライヤーズこの回も無得点! 東北クレシェントムーンズ対千葉フライヤーズの開幕戦、8回の裏まで終えてなおも0対0、緊迫した試合となっています!」



「よしよし! よく凌いだ!」

「危なかったなー!」

「よく守った!」


 ブルペン内が、安堵感と拍手の音で包まれる。


「すまんな、高橋。もう一回ダウンしてくれ」

「はい……」


 悔しさを噛み殺して、肩を暖める為の投球練習から、徐々に肩を冷やす為のキャッチボールに切り替える。ブルペンで準備したからといって、出番があるとは限らない。それは頭では分かっているのだけれど、出番が無いのはやっぱり悔しい。


 ——俺も早く、こういう試合で投げさせてもらえるようにならないと……


 福原やヘルマン、青原などムーンズのリリーフ陣は30歳を超えたベテラン選手が多いけれど、他球団には同世代、いや下手したら下の世代でもこういう場面を任されて活躍している選手は少なくない。



「良いんだぜ、それで」

「え?」


 キャッチボールを終えて再びテレビの前に戻ってくると、青原が紙コップの水を差しだしてくる。


「いや、お前めっちゃ悔しそうな顔してっからさ。投げたかったんだろ?」

「でも……」


 もし今日登板機会が貰えるのだとしたら、それは福原がピンチを拡大して左バッターに打順が回った時、であろう。しかし、それはすなわちチームとしては大ピンチになっているということであって、そうならないに越したことはない。高橋自身、自分が投げられるならチームがピンチになっても良いとは思わないし、自分が投げる様な場面にならない方がチームにとっては良いことなのだと分かっている。


「多分、今日投げれなかったってことより、こういう場面を任される立場に無いってことが悔しいんだろ?」


 ——!


 思っていたことをまんま言い当てられて、高橋は思わず固まる。それを気にする素振りも見せず、青原が続ける。


「それで良いんだぜ、高橋。俺らはチームとして勝つ為に投げる訳だけど、一選手としては大事な場面で投げることに拘らなけりゃダメだ。プロ選手として、自分が活躍することに拘れなくなったら、選手としては終わりだろうよ」


 高橋は無言で頷く。青原はその様子に少しだけ口元を緩めて、再び体をテレビの方に向けた。


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