167.毎日試合があるから
「「あっ……!」」
9回2アウトランナー無し。ヘルマンが投じた緩いカーブが抜けて、ど真ん中に入る。
カァァァァン!
「打ったー! 完璧な当たりー! レフトスタンドへ一直線!」
打った瞬間それと分かる当たり。フライヤーズの4番・井下は振り抜いたバットを大きく放り投げ、一塁へゆっくりと歩き出して、柵越えを確信。
「入ったー! サヨナラホームランだー! 井下、この開幕戦で、これ以上ない仕事をやってのけました!」
「やられちまったか……」
「しゃあねぇなー……」
青原をはじめ、ブルペンに居た選手、スタッフがそそくさと帰り支度を始める。
——え、早っ!
あまりにもそれが早すぎて、高橋は一人取り残される。
「ほれ、早くしねぇと置いてくぞ?」
「え、片付けんの早くないですか?」
「急がねぇとシャワーとかロッカーとか混むからな。試合に出たヤツはどうしてもクールダウンとかしないといけなくて時間掛かるからな。その前に片付けとかシャワーとか終わらせておかなきゃいけねぇから、ほら急げ!」
見かねた青原が、高橋のバックにタオルやドリンクボトルを適当に突っ込んでくれた。
——何でこんなちゃきちゃき動けるんだろ? サヨナラ負けしたばっかりなのに……
自分が打たれて負けた訳ではないけれど、それでもチームが負けたのだから悔しい。まして、接戦をサヨナラ負けで落としたのだから余計に悔しい。が、周りを見ると割と皆サバサバしているというか、「まぁ、しょうがないな」位な感じで割り切っている様子。
「あの、何か皆、勝敗に対してドライじゃないですか?」
練習試合やオープン戦、公式戦であっても勝敗があまり関係無い二軍戦なら結果を気にしないのも分からなくはない。だが、これは公式戦、しかもシーズン開幕戦である。この試合の勝敗に無頓着になれる理由がよく分からない。
「別に、悔しくない訳じゃないよ? でもな、シーズンは143試合あるんだ。毎試合勝つなんてことは不可能で、負ける試合も出てくる。自分が打たれて負けたんならアレだけど、そうじゃない試合の結果を引きずってもしょうがねぇだろ」
「ま、まぁそうですけど……」
「それにさ、一番悔しいのは俺らじゃなくてヘルマンだろ。周りが引きずってたら、余計に責任感じるんじゃねぇか?」
高橋は青原の言葉にハッとする。自分が悔しがることが、他の選手の負担になるだなんて考えもしなかった。
「マウンドで感情を見せるのは、俺は悪いことじゃないと思う。でも、試合が終わったら切り替えた方が良いんじゃないかな。だって、明日も試合はあるんだからさ」
よく、プロは毎日の様に試合があるから1試合に懸ける想いがアマチュアに比べて小さいとか、闘争心が希薄になりがちだとか言われるけれど、もしかしたらその表現は適当ではないのかもしれない。
「ほれ、急ぐぞ。お前、ブルペンで投げたから汗かいただろ? シャワー浴びるんなら、もうほとんど時間無ぇぞ」
そう言って、青原は歩くスピードを上げた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
<試合結果>
ムーンズ 000 000 000 ┃0
フライヤーズ 000 000 001x┃1x
ムーンズ:紀伊、福原、ヘルマン-儀間
フライヤーズ:西川-田浦
(勝)西川1勝 (敗)ヘルマン1敗 (S)
(本)井下1号ソロ(=9回、ヘルマン)
<寸評>
開幕戦は両先発が好投し、投手戦となった。7回まで両軍合わせて僅か5安打と快投を見せる中、ムーンズは8回から継投を選択。一方のフライヤーズは西川が9回まで投げきった。9回裏、フライヤーズの4番・井下がムーンズの3番手・ヘルマンの失投を捉え、今季チーム第1号となるサヨナラホームランを放った。フライヤーズ先発・西川は今季12球団最速の完封勝利を手にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます