165.開幕戦③

「さあ、8回の裏、フライヤーズの攻撃。ムーンズ先発の紀伊はベンチ前でのキャッチボールをしていませんでしたが……、あー、白石監督がベンチから出てきましたね。どうやら紀伊は7回までで降板となる様です!」

「まぁ、ちょっと球数が多くなってきてましたからねぇ。7回までで、えーっと……」

「96球ですね。」

「となると、この回で100球超えてくることになりますからね。リリーフも居ますし」

「長いシーズンを考えると、無理はさせたくない、ということでしょうか?」

「それもありますし、早い内に全員1回は出して、エンジンを掛けさせておきたいというのもありますよね。選手としてはやっぱり自分が出てようやく『シーズンが始まった』と思える訳ですから、シーズン初出場までは落ち着かないものなんでね。期待通りのパフォーマンスをさせる為にも、ここはどんどんピッチャーを使っていこうという判断じゃないかなと思いますよ。」



 規定の投球練習を終えると、福原は表情をキリッと引き締め、内野陣がボール回ししているのをよそに、夜空を見上げる。


「8回の裏、フライヤーズの攻撃は——、7番、ショート、平川ひらかわ。背番号13。」



「さあ、この回は7番・平川からという打順。ここまで2打数2三振、いずれも外角のストレートに見逃し三振でした。」

「前の2打席はちょっと手も足も出ない感じでしたからね。ここで1本打って、アピールしておきたいところですよねぇ」


 福原が大きく足を上げ、小さい体を目一杯使って思いっきり腕を振る。躍動感溢れるフォームから繰り出されたボールが、左バッターである平川の懐を突く。


「内角低め、ストライク!」



「うん、調子良さそうだな」


 腕を組んでブルペンに設置されているテレビを見ていた木山が、少しホッとした様な表情になる。


「福原さん、落ち着いてるなぁ……」

「いや、緊張してっからそう見えるんじゃねぇか? いつものアイツなら、もっと闘志っていうか気合いみたいなもんが溢れ出てるだろ」


 高橋の言葉に、青原が首を傾げて不同意を示す。テレビを取り囲む様に座っている他の中継ぎ陣達も、青原の言葉に頷く。テレビ越しということもあるかもしれないが、傍目には普通に見える。が、長く一緒にやっている人から見るといつも通りではないらしい。ちなみに、中継ぎ陣は準備する為に試合中は基本的にブルペンで待機しているから、試合の様子はテレビで見ることになる。アクシデントに備える様なピッチャーはそういう訳にもいかない場合が多いが、勝ちパターンとして準備するピッチャーに至っては途中でお風呂に入ったり、マッサージを受けたりしていることもある。意外に思われるだろうが、ブルペンがグラウンドのファールゾーンに設けられている地方球場でも無い限り、中継ぎを任されるピッチャー陣は試合中の大半の時間をこうしてブルペンで過ごしていることが多いのだ。


「打ちました! 高々と上がった打球は、レフトライン際へ! レフト・島口が落下点に入って——、うわぁーっと! 落球、落球! ボールが外野を転々としている間に、平川は2塁へー!」


「うわ、やば!」

「マジか!」


 テレビを見ていた全員が頭を抱える。テレビ画面には「やっちまった……」という表情の島口が映し出され、そして切り替わって相変わらず落ち着いた表情のままの福原が映る。


「これ、もしかしたらヤバいかもしれねぇな……、すまん高橋、もう一回アップしてくれるか?」

「了解です!」


 高橋は木山の指示に2つ返事で応じると、傍らに置いてあったグラブを拾い上げて、再びブルペンのマウンドへと向かった。



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