217.それで良い
「おい、高橋! 大丈夫か!」
「トレーナーさん! 来てくれ!」
——やべぇ、痛くて力が入らねぇ……
打球が直撃した左の足首を押さえて、高橋は動けなくなっていた。硬球というのは石のように硬いものだから、そんなに勢いのある打球じゃなくても当たり所が悪ければ簡単に怪我することがある。特にピッチャーは打者に近いところに居るから、打球がぶつかった時にどうしても怪我しやすくなる。
「……折れてはないかな、多分。高橋君、立てそう?」
「い、一応。ただ、歩くのはちょっと無理かも……」
「オッケー。じゃあ、一回ベンチ裏に下がって治療しようか」
痛みに顔をしかめながら立ち上がろうとした高橋の腕を、マウンドにまで駆けつけていた白石が首の後ろに回す。
「す、すいません……」
「謝るなって」
「でも……」
監督に肩を借りるというのも何となく畏れ多いし、何よりこんな形でマウンドを降りることになってしまうのが申し訳ない。自分が投げられなくなった分、誰かに負担を掛けることにもなってしまうのだ。
——情けねぇ、判断ミスでこんな風になるなんて……
詰まった打球だったとは言え恐らくセカンドが捌いても十分アウトに出来る打球だったから、無理して自分で処理しに行く必要は無かった。今回はアウトに出来たから良かったようなものの弾き方によっては取れるアウトを取り逃していた可能性もあるし、少なくともこんな怪我をすることは無かったというのに。
「そりゃあ足、出すよなぁ」
肩を貸してくれている白石が、ボソッと呟く。
「怪我するかもしれないからああいう時は足を出したりするなよ、って言われてるだろうけどさ。俺も立場上そういうことを言うけど、気持ちは分かるぜ」
「えっ?」
話している白石の口元がほんの少しだけ緩む。
「そりゃあバックに任せれば良かったかもしれないけどさ。でも、あの場面であの打球が飛んできたら、咄嗟に反応して何が何でも止めに行こうとするのがプレーヤーの性ってもんでしょ」
「……」
口を真一文字に結ぶ高橋に、白石が続ける。
「あのな、今回に限って言えばお前が悔いるようなことは何にも無いからな? 落ち込んでる雰囲気のチームの中で、お前の鬼気迫るそのプレーは間違いなくチーム全員の目の色を変えてくれたよ。ありがとな」
「いえ……」
白石はそう言い終えると、ベンチ裏に置いてある椅子に高橋を座らせてからブルペンに駆け出す。おそらく、高橋の様子からして今日はもう投げられないと判断したのだろう。
「高橋君、これは痛い?」
「っつ……」
軽くトレーナーさんが足首を押すと、左足首に痛みが走る。顔をしかめる高橋を見て、トレーナーさんも渋い顔になる。
「申し訳ないけど、これじゃあ今日の続投は許可出来ないね。一応病院で診察して貰うけど、多分そんなに重症ではないだろうから、2、3日休めば大丈夫じゃないかと思うんだけど……」
そう言うと、トレーナーさんが通路の向こうから様子を伺っていた木山に向かって両手で「×」のサインを出す。
「でも、トレーナーがこんなことで言っちゃいけないかもしれないんだけどさ……」
もう一度振り返って、トレーナーが改めて高橋に向き合う。
「今回の怪我は、悪い怪我じゃないと思うよ。怪我しないってのが一番だけど、今日のはプロ野球選手として何か譲れないものがあったんでしょ? だから……」
「お前のピッチング見て、目ェ覚めたわ。ありがとな高橋、この試合勝ってくるぜ」
ブルペンから出てきた青原が、トレーナーさんの言葉を遮って高橋に声を掛けながらベンチへと入っていく。
「ほらね?」
消えていく青原の背中を見送りながら、トレーナーさんは高橋に微笑んだ。
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