264.見せつけてやれ


「東北クレシェントムーンズ、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、紀伊に変わりまして——、背番号53、高橋龍平!」


 9月18日、金曜日。仙台での埼玉スピリッツ三連戦の初戦。同点で迎えた8回表、スピリッツが1番からの好打順で始まるこの回の頭から、高橋の名前が呼ばれる。それと同時に流された「必殺仕事人」のテーマと共に、高橋がベンチから飛び出していく。


 ——何だろ、この感じ……


 球場が変にざわついているような気がする。新しい登場曲に変えてからというもの、マウンドに上がる時にはこんな空気感になっていることが多い。何だかちょっと、笑われている様な気がしないでも無いのだが。


「何かサマになってやがるな、この曲でマウンドに上がるのが」


 そう笑いかけながら、先に球審からボールを受け取ってマウンドで待っていた内山が、高橋が差し出したグラブにボールを入れる。


「何か乾いた笑いみたいなのが聞こえる気がするんですけど……」

「大丈夫、その内『この曲以外無い』って反応ばっかになっからさ。それより、だ。高橋、ちょっとスコアボードを見てみろよ」


 ——?


 言われるがままに、高橋はスコアボードを見上げる。


「ピッチャーは高橋龍平。相手は埼玉スピリッツ打線、しかも打順は1番・鍵山、2番・権田、3番・小野崎、4番・山城。まるでいつかの様じゃねぇか」


 高橋と同じ様にスコアボードを見上げた内山の言葉に、高橋は無言で頷く。


 ——そっか、あの時と……


 忘れられる訳が無い。まだ大学を出てすぐの頃、それまで築き上げてきたものを磨けばJPBの世界に入れると思っていたのに、それはもう全く歯が立たないほどに彼らにメッタ打ちにされたあの時のこと。プロ入りを果たせなかったとは言え、東都六大学である程度の数字を残してきたから、とそのスタイルに拘ろうとしていた自分をドン底にまで突き落としてくれたあの感覚。今まで野球をやってきて、正直あれほどまでにぶちのめされた事なんて無かった。今までやってきたことを全て崩して、もう一度積み上げようと思えたキッカケとなったことは今思えば良かったのかもしれないけれど、それでもやっぱりあの何も出来なかった、為す術が無かった悔しさ、不甲斐なさは忘れられない。


「でももう、あの時のお前じゃないだろ?」

「もちろんですよ! 何の為に投げ方まで変えたと思ってるんですか」

「だよな。ま、個々人でみればムーンズに入ってからもう何回も対戦してると思うけど、この打順にそのまんまぶつかるってのは初めてだろ? 見せてやれよ、あの時とはもう違うんだってところを」


 そう言ってミットを高橋の胸にぶつけてきた内山に、高橋はグラブをぶつけ返す。


「見せてやりますよ、これが俺の選んだ道なんだって。これはこのスタイルでこれからやっていくんだって」


 そう淀みなく言い切ったことに安心したらしい内山は、大きく一度頷いてから、マスクを被りながら小走りでキャッチャーズボックスへと向かっていった。


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