263.登場曲


「高橋ってさ、登場曲に拘りってあんの?」

「登場曲ですか? まあ好きなの使ってますけどそんな拘りって言う程でもないですね。なんかマウンドに上がる時って、集中してるからなのかあんまり聞こえないですし……」


 内山の問いの意図が読めない高橋は。首を傾げながら言葉を返す。


「特に拘りが無いならさ、せっかくだし何か盛り上がる曲を使ってみたらどうだ?」

「盛り上がる曲?」


 ホームゲームでは、ホーム側のチームの選手が打席に入る時やイニング間の投球練習をしている間に、その選手が選んだ曲が流される。この登場曲は選手が好きな曲を選ぶことが出来るから選曲はその選手の個性が表れるもので、気に入った曲をずっと使い続ける人も居れば気分や流行りに合わせてコロコロ変える人も居る。中にはそれ用に作曲してもらった曲を登場曲にする人まで居るほどである。


「まあ、無理に、とは言わないけど。ただ、登場曲で球場が盛り上がれば、それだけでガラッと空気が変わるからさ。見たことあるだろ? 横浜の9回とか……」


 登場曲というのは、良いパフォーマンスを引き出すものであると同時にその選手のイメージソングのようなものであり、時として球場中の空気を形作るものとなる。その好例が横浜球場の9回で、横浜セーラーズの守護神・崎山が「KernKraft400」という曲と共にマウンドに上がる時、セーラーズファンがジャンプで迎える「ヤスアキジャンプ」がお決まりのものとなっている。9回、守護神が登板するという場面でスタジアム全体に「勝つぞ」という空気感が醸成されればもう流れは一気にセーラーズに傾く。時として試合の流れを左右し得るくらい声援というのは大きな力を持つものであり、それを味方につけることが出来ればそのアドバンテージは言葉に出来ないほどのものである。


「でも、盛り上がる曲とかって、何ですかね? 人気の曲、っていうだけならもう使われてることが多いだろうし……」

「イメージに合う、ってのが一番だろ。それでいて皆が分かる曲。例えば福原さんなら愛称が北島三郎似って理由で『サブちゃん』だから登場曲もそれに合わせて『祭り』だし、埼玉スピリッツの山城は沖縄出身だからってことで『オジー自慢のオリオンビール』で打席に入ってくるしな」

「なるほど……」


 言われてみると確かに、どれもしっくりくるものばかりである。選手としてのイメージだったり、その選手の人間としてのイメージだったりにピッタリだと思えるのだ。


「俺にそんなしっくりくる曲って、何かありますかねぇ……」

「そうだなぁ……」


 自分にしっくりくる曲、というのはいざ考えてみるとなかなか浮かんでこないものである。


「そういえば内山さんは何を使ってるんでしたっけ?」

「俺? 俺は今年は『何度でも』ってのを使ってる。小山内さんと同じなんだけどさ。『何度でも僕は生まれ変わっていける そしていつか夢の続きを』ってフレーズがあってさ、JPBに戻ってきた自分と何か重なるなあ、って思ったんだよね」

「なるほど……」


 ——確かにピッタリの曲だなぁ……


「例えば、なんだけどさ」

「?」

「お前、『必殺仕事人』なんてどうよ?」


 ——!


「ここ一番、って場面で『必殺仕事人』の曲で出てきて、試合の中でどうしても取りたい1つのアウトを取っていく。何か格好良くねぇか?」

「それ良い……! 良いっすね、それ!」


 絶対に失敗出来ない場面で出てきて、長いイニングを投げる訳でも無くただ落とせない1つか2つのアウトを取る。まさに中継ぎ、特にワンポイントという役割はチームにとっての「必殺仕事人」であろう。


「良いじゃねぇか、『杜の必殺仕事人』」

「良いじゃないですか、その二つ名!」


 仙台を本拠地とするムーンズの選手はしばしば「杜の〇〇」という二つ名が付けられる。が、それで結果を残せないようでは単なる名前負けになる。


「杜の必殺仕事人……!」

「何か気に入ったみたいだな。俺も良いと思うぜ、必殺仕事人」


 かくして、高橋の「しっくりくる」登場曲は、意外とあっさり見つかったのだった。



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