66.運命の日④
テレビの画面右上に表示されている時計が、7時を回った。今回のドラフトは3時に開始されたから、4時間が経過したことになる。今年の注目選手が次々と指名され、地上波では困難な状況からのプロ入りを果たしたルーキーを特集したドラフト特番が始まった。
「福岡スタールズ、ドラフト第5巡目、選択希望選手——、
着々とドラフト会議は進んでいく。その時だった。
「浪速ラフメーカーズ、指名終了です。」
ついに、今年度の指名を終える球団が出始めた。1年前の悪夢が、脳裏に蘇ってくる。気付かないうちに、全身が強張ってガチガチになっていた。
——今年は本当に大丈夫だよな……?
「東北クレシェントムーンズ、ドラフト第5巡目、選択希望選手——、
とりあえず、ムーンズはまだ指名を終える様子はない。テーブルについた球団の人たちがすぐさま机上の紙にチェックを入れ、他の紙に線を引いている様子がテレビに映っている。
「今、ピッチャー1人クビになったな。」
その様子を見て、仲村がボソッと呟く。
「もしかしたら、あのリストに載ったのは初めてじゃないかもしれませんけどね。」
「いやいや、俺は少なくとも2回は間違いなく載ってるから。2回クビになってんだから。」
亀山、内山も頷きながら同調する。
——うわ、始まったよ自虐トーク……。これから指名されるかもしれないって時にそんな話を。
よく、「ドラフト会議ではテーブルに2つのリストがある」と言われる。1つはもちろんドラフト候補選手のリストで、ドラフト会議で最終的に指名する選手を決めるのに使われる。そしてもう一つが、所属選手の内の一部の名前が書かれたリスト。これは所謂、「クビ候補リスト」で、ドラフトでタイプやポジションが被る新人を指名出来た場合には名前に線を引かれ、戦力外が決まるのだという。つまり、ドラフト会議のあのテーブルでは、新たに入団してくるルーキーだけでなく、クビになる選手も決まるのだ。
「お、何で今こんな話すんだよって顔してるヤツがいるな。」
高橋の顔を覗き込みながら、林が話しかけてきた。
「いや、あの、えっと……。まあ、今じゃなくて良いじゃん、って思っちゃって。」
——前も思ったけど、この人俺の頭の中を覗く超能力でも持ってる訳じゃないよね?
「いや、別にそんなうろたえなくて良いぞ? ただ、プロってのはそういう世界だってことだけは頭に入れておいて欲しいけどな。1チームたった70人の枠に入れないなら、次のシーズンは迎えられない訳で、そして毎年何人も新人が入ってくる。」
「そこに生き残らなきゃいけない……。」
「そういう事だ。」
林が頷く。
「俺らみたいになるなよ?」
いつもは軽いノリで話す亀山が、いつになく真面目なトーンで語りかけてくる。
「俺、2回も戦力外になったけどさ、あれは中々キツいもんだから。まあ、お前なら大丈夫だと思うけど、これからお前が飛び込んでいくのはそういう厳しい世界なんだってことは覚えておいてくれ。」
——そっか、指名されたからって浮かれてる場合じゃないよな。年齢考えたら、俺は長い目で、なんて言われる様な立場じゃないんだろうからな。
「名古屋クインセス、指名終了です。」
指名を続ける球団が一つ、また一つと減っていった。
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