169.初めてのマウンド②


「6回の裏、千葉フライヤーズの攻撃は——、6番、サード、安井憲尚やすいのりひさ! 背番号5。」



「バッターボックスに、6番の安井が入ります。前の打席で、プロ初ヒットとなるツーベースヒットを放っています。解説の里巻さん、状態も良さそうですし、この打席も期待出来そうですよね?」

「内角の球に振り負けず良い当たりを飛ばしてましたからね、状態は良いと思いますよ。ただ、如何せんこのピッチャーは左バッターには打ちづらそうな感じがしますよねぇ」


 左打席に、大柄なバッターが入る。安井と言えば3年前にドラフト1位で入団して去年は二軍でホームランと打点の二冠王を獲った、疑いようのないスター候補生である。プロに入ってくる様な選手はスター候補ばかりだけれども、その中でもこの選手は特に期待されている存在と言って良い。


 ——最初はストレート投げたいなぁ……


 やはり、ピッチングの肝は直球である。例え変化球が武器のピッチャーであったとしても、ストレートが悪いなんてことは無い。どんなピッチャーでもピッチングの軸になるのはストレートだし、そこに全くこだわりが無いピッチャーなど恐らくいない。これが今年の1球目、そしてプロでの1球目になるのだから、配球云々とかがあるのは分かっているけれどもストレートを投げたい。


 儀間は迷う様子も見せず、パパッとサインを出す。


 ——よし……!


 儀間の要求は真ん中低めのストレート。そのサインに頷いて、セットポジションに入る。そこから足を上げて、一度セカンドベース方向に大きく振る。一瞬タイミングを遅らせて右手で壁を作り、クロスステップで右足を踏み出す。踏み出した足にしっかり体重を乗せて、力を左腕に伝える。遠回りしない様に気を付けながら、左腕をビュンっと振り抜いた。


 指先を離れたボールは、儀間のミット目掛けて風を切る。そしてそのままパチーン! とミットの革を叩く。


「初球、見送ってストライク!」


 そんなに厳しいコースという訳ではなかったけれど、左打席の安井は一瞬腰を引く素振りを見せて見逃してきた。


 ——よっしゃ、どんどん行こう……!


 早い内に追い込んだ方が、あとあと楽になる。今のボールで腰を引いたと言うことは、恐らくあまりボールが見えていないはず。ならば、相手が慣れる前に打ち取ってしまいたい。


 安井の方をチラッと見てから、儀間が次のサインを出す。


 ——なるほど? 確かに、合ってないなら怖がる必要無いもんな……


 出された内角ストレートのサインに頷いて、プレートに足を掛ける。セットポジションから足を大きく振り上げて、クロスステップで踏み込む。体の回転を腕に伝え、ビュッと振り抜く。


 ——あっ、やば……


 狙ったところより、若干内側、しかもベルトの高さに入ってしまった。


 カァァァン!


「良い当たりー! ライトポール際、飛距離は十分だが——、これは右か! ファールだー!」


 ——危ねぇー……


 良い角度で上がった打球だったが、若干ボールを捉えるポイントがズレていたらしく、ボールはどんどん右に切れていってファールになった。もしドンピシャのタイミングで捉えられていたなら、十中八九ホームランになっていたであろう。


「完璧に捉えた当たりでしたが、これは僅かに切れてファール! いやー、惜しい当たりでしたねー!」

「まあ、確かに良い当たりではあったんですけど、これがこういう変則フォームで投げてくるピッチャーの嫌らしい所なんですよねぇ。タイミングが取りにくいんで、今みたいに甘いボールが来てもファールになっちゃうんですよ。そしてこの後の変化球とか、どうにもバットが止まらないものなんで、気を付けないといけないですね」


 ——やっぱりそうだよね……


 儀間が出してきたサインはセオリー通り外角に逃げていくスライダー、ストライクからボールに変化する球。追い込まれているからバッターは手を出さない訳にはいかないだろうけれど、左バッターにとってサウスポーの投げるどんどん逃げていく変化球は『魔球』なんて言われる事もあるくらい打ち辛い球なのだ。


 儀間のサインにこくん、と頷いて、セットポジションに入る。そこから大きく足を振り上げて、コンパクトに、されどシャープに左腕を振り抜く。


 ——よっしゃ……!


 指に引っ掛かったボールは、狙い通り外角からさらに外側へと滑る様に曲がっていく。


「うっぐっ……!」


 バットを出しかけた安井が、曲がっていくボールを追いかけて手を伸ばす。が、ボールはさらにその先を通過する。



「空振りー! 三球三振! 逃げていくボールにバットが回ってしまいました!」


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