170.初めてのマウンド③

「初球見送った! が、これはストライク!」

「うーん、これもそんなに難しいボールじゃないんですけど、見送っちゃいましたかぁ。見たことの無い軌道で来るんで、甘いボールに見えないんでしょうねぇ」


 続く7番・平川ひらかわへの初球は真ん中、やや外寄りのストレート。見逃しで簡単にストライクを取れた。


 ——やっぱり初見だと打ち辛いのか……?


 外寄りのボールだったのに、見逃す時に平川は踏み込むどころかむしろちょっと腰を引いた。さっきの安井もそうだったが、そんなに厳しくないボールに踏み込んでこないということは、左バッターは実際よりもボールが体に近いところを通過している様に感じているらしい。


「さあセットポジションから、第2球を——投げました! これも見逃しましたが、ストライク! 平川、簡単に追い込まれてしまいました」

「いやぁ、今のは微妙なコースでしたからしょうがないと思いますよ。ただ、ストレート2球で追い込まれてしまったのは厳しいですよねぇ」


 今度はインコース低め、膝元ギリギリに決まってストライク。主審のコールに思わず平川が「えっ、マジで?」というリアクション。


 ——あ、それストライク取って貰えるんだ、ラッキー……


 正直、投げた側だけどボールだと思った。審判によってもストライクゾーンのクセというものはあるものだが、今日の主審は膝元はストライクを取ってくれるらしい。基本的に誰がやっても判定は変わらないはずなのだが、やはりそこは人間がやることなのだから、誤差やクセというものはある。最近は「判定も全て機械化してしまえ」的なことを耳にすることもあるけれど、個人的にはその駆け引きも含めて野球、な気がする。自分がコントロールを武器にするタイプならそうも言っていられないのかもしれないけれど。


 ——やっぱり次はスライダーだよね……


 儀間は平川の様子をチラッと確認してから、パパパッとサインを出す。出されたサインは予想通り外角のボールゾーンに逃げていくスライダー、安井に投げたのと同じボール。サインに頷いて、セットポジションに入る。



「次のボールもスライダーでしょうね。ただ、あのスライダーは分かっていても振ってしまうボールなんでしょうねぇ……」


 足を大きく振り上げて、クロスステップで着地。踏み出した右足にしっかりと体重を乗せて、思いっきり腕を振る。


 ——完璧……!


 投げた瞬間分かる、完璧な指の掛かり方。指先を離れたボールは、思い描いた通りのコースを、思い描いた通りの軌道をなぞりながら進む。


「——っ……!」


 平川が思いっきり踏み込んで、バットを出す。が、ボールはそれをあざ笑うかの様にグイッと曲がって平川から離れていく。


 パチーン!


 ボールがミットの革を叩く良い音が、声援を切り裂いてグラウンド中に響き渡った。


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