175.祝福
「お。おはよう高橋。ちょっとこっち、こっち」
初勝利を挙げた翌日、ホテルの朝食ビュッフェに向かおうとホテルのロビーの前を通ると、置いてあったソファに腰掛けていた白石が高橋を手招きで呼んできた。
「お前、今日のジャパンスポーツの一面だぞ。おめでとう」
そう言って、膝の上に乗せていた新聞をガラス製の小洒落たテーブルの上に広げる。
「うわ! ホントだ!」
いきなり一面カラーで『全体最下位指名・高橋龍平 ルーキー一番星』なんて書かれているのを見て、思わず叫んでしまった。
「おいおい、あんま大声出すなよ。他のお客さんもいるんだからさ」
「あ、す、すいません……」
「ま、気持ちは分かるけどね。ほれ、読んでみな、良い様に書かれてっから」
「えっと……」
『ドラフト全体最下位で入団した苦労人が、12球団の新人で最速の勝利を手にした。2点ビハインドの6回、2番手としてマウンドに上がると、初登板とは思えぬ落ち着いたピッチングで打者を翻弄した。この回先頭の安井を簡単に……』
——え、こんな風に書かれるの? 何か別人についての記事を読んでいる様な、変な感じだな……。そもそも、マウンドに上がった時にはメチャクチャ緊張していて周りが見えないぐらいだったしなぁ……。
「どうだ、初めて新聞の一面に載った気持ちは? ……初めてだよな?」
「えっと、その……、何か変な感じしますね。いや、もちろん嬉しいですよ? こうやって書いて貰える機会なんて今まで無かったですし。でも……」
眉をひそめた高橋の顔を見て、白石が思わず吹き出す。
「ぷっ、ハハハ! お前、アップアップだったのに、『落ち着いて』とか書かれてるもんな! 俺もちょっとそれ読んで笑っちまったよ」
「笑っちゃったって……」
「まあ、そんなもんだよ。活躍してりゃ良い様に書いて貰えるし、活躍出来なけりゃ叩かれる。まあ、この先色々書かれることはあるだろうけどさ、上手く付き合いなよ。ちゃんと書いてくれる記者さんも居るし、それにこうやって書いてくれるから皆に覚えて貰えるしな」
「えっ、あること無いこと書かれちゃうってこと、あるんですか?」
「ハハ、悪ぃ、ちょっとからかった。まあ、無いとは言わないけど、それはまあ稀だから。何かあったら球団に相談すりゃ大丈夫だよ。それに、プロは見て貰ってナンボの世界だからな。」
「あの、何か怖いんですけど、ねぇ、白石さん……?」
何か怖いものを見てしまった様な気がしなくもないけれど、とりあえず最初に言われた「おめでとう」の言葉だけ素直に受け取っておくことにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※
——えぇっ、メール7件!? ラインも26件って何事!?
球場に向かう途中、そう言えば今日、メールとか見てなかったな、と思ってスマートフォンを確認すると、今までに見たことがない程に通知が来ていた。
「えっと……」
「初勝利おめでとう!」とか、「これからも応援してるから、頑張れよ!」といった連絡が、あちらこちらから来ている。
「あれ、これって……」
「おめでとう! でも、お前はこんなもんじゃないだろ? マウンドに上がった時の顔、ガッチガチだったし、多分緊張しまくりだったんだろ? 遠い所からになるけど、応援してるから頑張れよ!
林」
「お前、緊張してるにも程があるだろw
でも、初登板&初勝利おめでとう。待ってろ、俺も復帰してお前のボール打ってやる! 内山」
「初登板、初勝利おめでとう! でも、まだまだ俺の成績には届いてないぜ? そして、俺ももう一度JPBに戻るから、待ってろ! 仲村」
「初勝利おめでとう! でも、ここがスタートライン。これからも頑張れよ! 亀山」
——うわ、何だ、コレ……。やば……
バスが球場に到着した頃にはもう目頭が熱くなりすぎて、こみあげてくるものを抑えることなど、到底出来なくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます