174.一番星②
「Congratulations on your first win !」
ベンチの戻ってきたヘルマンが、満面の笑みを浮かべながらウイニングボールを手渡してくれた。
「さ、サンキュー! え、でも……」
思わずきょろきょろっと当たりを見回して、監督の白石を探す。その試合のウイニングボールは、監督に渡すのが通例なのだ。通常は初勝利や初ヒットの記念球というのは選手が貰えるものではあるのだけれど、今日の初勝利の記念球はチームの今季初勝利のウイニングボールでもある。それに、監督の白石は去年の途中から監督代行として指揮を執る様になって、正式に監督になったのは今年からだというから、これが白石の監督初勝利でもある。
「良いからお前が持っておけ。プロ初勝利なんて、人生で一回きりなんだからよ」
ベンチから出てきた白石が、高橋に声を掛ける。
「でも、白石さんも監督初勝利なんじゃ? それに、チームも……」
「良いから素直に貰っておけ。良いんだよ、俺は日本一になった瞬間のウイニングボールを貰うって決めてっからよ。初勝利、おめでとう」
白石はそう言うと、ガッチリと握手してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
——そうか、俺、勝ったんだ……
どこか心ここにあらず、という状態になっていたけれど、白石の「おめでとう」の一言で、初勝利を挙げたのだという実感が一気に湧いてきた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「放送席、放送席、ヒーローインタビューです! 今日のヒーローは、1イニングを完璧なピッチングで抑え、見事初登板初勝利を果たしました、高橋龍平投手です!」
——え、やばいやばい、え、何を話せば良いんだ? えっと、えっと……
まさか自分がいきなりヒーローインタビューに呼ばれるとは思っていなかった。これがチームの今季初勝利ということは、もちろんチームで今年初めてヒーローインタビューを受ける選手ということである。昨日もさっさと撤退したから、ヒーローインタビューでどういう受け答えをすれば良いのかさっぱり分からない。自分が一野球好きとしてヒーローインタビューを見たことはあるけれど、その時は自分がこうして受ける側になるとは思っていなかった。せめて誰かと一緒にお立ち台、なら良かったけれど、ビジター側のチームのインタビューはよっぽどのことが無い限り、一人しか呼ばれない。
「高橋投手、まずは初勝利おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「ウイニングボールはどうされるんですか?」
「あ、えっと……、じ、実家に送ろうかな、とおもいます……」
こんな大勢の前で話したことなんて今まで無かったからだろう、何だかモゴモゴした感じでの返答になってしまう。
「そしてこれが、12球団のルーキーで最速の勝利です! 今年のルーキー一番星となった感想、いかがですか?」
「え……、最速……?」
——え、俺が? 今年のルーキー最速勝利? え、どういうこと? え、えっ……?
「あの、高橋投手? 大丈夫ですか?」
「あ、いや、その、だ、大丈夫です、すいません……」
一瞬で頭が真っ白になって、一気に何を話せば良いか考えられなくなる。
「それで、その、ルーキー一番星の感想を……」
「緊張してんじゃねーぞ高橋ィ!」
「オメデトーゴザマス!」
「うわわわわっ!? 冷たっ!」
いきなり後ろから水をぶっかけられた。しかも、恐らく冷蔵庫から出してきたばっかりのキンキンに冷えたやつ。開幕直後の3月、しかもナイターゲームでまだまだ冷え込んでいるというのに。しかも、この球場は海の近くにあって日本一風が強い球場だと有名で、今日も風がビュンビュン吹いているというのに。
振り返ると、福原と黃が両手に空のペットボトルを持って、「やってやったぜ」みたいなイタズラっぽい笑みを浮かべて立っていた。
「既にチーム内に溶け込んでいるみたいですね。あ、えっと……」
「そりゃあ受け入れられますよ! コイツ、人見知りだし訳分からんところで緊張しいだけど、頑張り屋だし良いヤツですから!」
「デスカラ!」
「わっ、えっ、ちょっと!?」
初めてのヒーローインタビューは、ブルペンの盛り上げ役2人に半ば乗っ取られながら、それでも一応聞かれた質問には2人に突っ込まれつつ答える、と言う形式で進んでいった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
<試合結果>
ムーンズ 010 021 300 ┃7
フライヤーズ 003 120 000 ┃6
ムーンズ:松本、高橋、黃、福原、ヘルマン-儀間
フライヤーズ:小嶋、北条、石野、大野、長尾-田浦、石原
(勝)高橋1勝 (敗)北条1敗 (S)ヘルマン1S
(本)赤村1号2ラン(=5回、小嶋)、デニーロ1号3ラン(=3回、松本)、井下2号2ラン(=5回、松本)
<寸評>
ムーンズが乱打戦を制し、今シーズン初勝利。2回のブランドンが来日初安打となるタイムリーで先制するも、初先発のドラフト1位ルーキー・松本が5回までに2被弾含む6失点と炎上。しかしムーンズ打線も爆発し、7回には赤村、島口の連続タイムリーで逆転に成功。以降は黃、福原、ヘルマンの新たな勝利の方程式のリレーで逃げ切った。6回に2番手として登板の高橋がプロ初登板・初勝利。今季12球団のルーキー最速で勝利を挙げた。また、9回に登板のヘルマンは来日初セーブを記録した。
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