173.一番星①
「あっと、しかし
一軍の公式戦とポストシーズンは1試合で2度まで、判定に不服がある場合には監督はビデオ判定を要求することが出来る。判定が覆った場合には要求できる回数は減らず、判定が覆らなかった場合には要求する権利を1回分失う、というルールだから、そうそう気軽に要求出来るものではない。ちなみにリクエストではあらゆる場所に設置されているテレビカメラを使ってビデオ判定をするのだが、カメラの台数や角度が限られる地方球場ではリクエスト出来ないことも稀にある。
——セーフであってくれ……
かなり際どいタイミングだったから、判定が覆ってもおかしくはない。リクエストというのは物理的に流れを切ることになるから、判定が覆るかどうかで試合の流れがガラッと変わることがある。
——せっかく今はムーンズに流れが来ているというのに、もしここで判定が覆ったりしたら……
「大丈夫だよ、間違いなくセーフだから。安心しろ、お前に勝ち星を付けてやっから」
「えっ?」
思わず振り返ると、走塁用のグローブを外しながらズボンの土をはたいている赤村が居た。
「俺、タッチされたの背中っつーか脇腹だもん。手にタッチしにきたのは避けてっから」
つまり、追いタッチになった、ということらしい。追いタッチになったということは、キャッチャーからすれば自分の横を通り抜けた後にタッチした、ということになる。つまり、追いタッチではアウトにするのはランナーがベースに触れずに通過でもしない限り、アウトにすることは不可能なのである。
「ほら、見てみ?」
赤村に言われるままバックスクリーンを見ると、スーパースローの映像が映し出されたところだった。
「あ、避けてる!」
赤村の背中側からの映像だったから角度的にホームベースにタッチ出来たかどうか確認出来ないものだけれど、その分タッチを掻い潜ったのがよく見える。同じ様に映像に目線が釘付けになっていたスタンドの観客からも、歓声、嘆息、悲鳴が混じったワアァ! っというどよめきが漏れる。
「さあ、審判団が出てきました。判定は——、セーフだ! 判定そのまま!リクエストは失敗です! ムーンズ勝ち越しー!」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「何だ、ここに来て緊張してんのか?」
「あ、えっと、まぁ……」
ベンチの隅からグラウンドに身を乗り出していると、横で腕を組んで立っていた齋藤が、声を掛けてくる。
試合はムーンズが勝ち越した後ゼロ行進で、残すは9回裏のフライヤーズの攻撃のみ。9回のマウンドに上がったヘルマンも簡単に2アウトを取り、残すアウトはあと1つ。
「まあ、初勝利が懸かってるんだからそりゃそうか。終わるまで落ち着かないもんだよな、うん」
「っていうか、試合中なのに投手コーチがそんな気を抜いてて良いんですか? まだ試合終わってないですよ?」
「ま、今日はヘルマンをマウンドに送った時点で俺の仕事はほぼ終わりだからな。アクシデントにも備えさせてるし、下位打線だしな。信用出来る守護神を送り出したら、後はもう俺らはベンチでどっしり構えてるだけだよ。こっちがベンチでソワソワしててもどうしようもねぇし、ピッチャーもそれ見たら嫌だろ? 『あれ、俺って信用されてないの?』って」
——まあ、それもそうか……
カツッ!
視線を齋藤からグラウンドに移したその瞬間、鈍い打球音と共にふらふらっとバックネット方向にフライが上がる。
「オーライ!」
マスクをパッと放り投げた儀間が、両手を大きく広げてから捕球体勢に入る。
バスッ。
「アウトォ!」
儀間が落ちてきたボールを難無く捕球し、それを確認した球審が右手の拳を掲げ、この試合27個目のアウトを宣告。
「おめでとう高橋。お前のプロ生活の始まり、だな!」
ベンチに戻ってくるナインを出迎える為にベンチから出て行く白石にぽんと背中を叩かれた瞬間に、頭が真っ白になった。
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