172.流れ
「良い当たりー! これは一、二塁間を抜いていく! 一塁ランナーの高田は一気に三塁へー! 2点を追う7回の表ムーンズの攻撃。1番高田、2
「いやー、やっぱり先ほどの回の三者凡退で流れ変わってきましたよね。2点差ですし、ここは1点はしょうがないと思って、追いつかれないようにしないといけない場面ですねぇ」
「おっしゃ、続けー!」
高橋が三者凡退で抑えた直後の7回表。この回先頭の1番高田、2番尾木が連打でチャンスメイク。ノーアウト1、3塁でクリーンアップに回る大チャンス。
「3番、セカンド、赤村。背番号3」
2度軽く素振りをしてから、赤村が右打席にどっしりと構える。
——何だろ、打ってくれそう……
オーラというか、いかにも打ちそうな雰囲気がベンチにいる高橋まで伝わってくる。これを殺気、というのだろうか、どんなボールでも弾き返しそうな威圧感が滲み出ている。
「「時は来たり~!」」
レフトスタンドのムーンズ応援団が、青葉城恋唄のメロディに乗せた大チャンステーマの前奏を歌い出す。
カァァァン!
バットの真芯に当たった快音が、歓声を切り裂いて球場中に響く。
「初球打ちー! 鋭いライナーが右中間を真っ二つー! 三塁ランナー悠々とホームイン! あーっと、一塁ランナーも三塁を回った!」
「「回れーっ!」」
「行け! 行け!」
三塁コーチャーがぐるぐると腕を回すのを見て、尾木がスピードを落とすこと無くベースを蹴ってホームに突っ込む。外野からの返球を受けたセカンドが、素早く振り向いてバックホーム。
——間に合え!
「ホームは際どいタイミングだ! クロスプレーになるー! タッチは——、セーフだー! 同点、同点! 赤村の同点タイムリーツーベースで6対6!」
「よっしゃぁ!」
セカンドベース上で、打った赤村が大きくベンチに向かってガッツポーズ。ホームに帰ってきたランナー2人も、赤村に向けて拳を突き出しながら、ベンチに戻ってくる。
「ナイスラン!」
「ナイバッチー!」
ベンチに帰ってきた2人を、監督の白石を含め全員がハイタッチで出迎える。ベンチとレフトスタンドのムーンズファンが、この日一番の盛り上がりを見せる。
「上手く逆方向に打たれてしまいました、これで同点です。この回から登板の北条、三連打を浴びてあっという間に同点にされてしまいました」
「今のも別に悪いボールじゃなかったんですけど、もう赤村君を褒めるべきですね。でもこういうのも、もちろん赤村君の技術あってのものではあるんですけど、やっぱり流れに乗ると打てちゃうもんなんですよねぇ」
「バッターは、4番、レフト、島口。背番号35」
「続け島口!」
「一気に行こうぜ!」
スタンドのみならずベンチからも島口を鼓舞する声が飛ぶ。気付けば、ベンチに居る全員が身を乗り出して試合を観ている。
マウンドの北条が、セカンドランナーの赤村を目で牽制してから、クイックモーションみ入る。
カンッ!
「打った! これは詰まった当たりですが良いところに飛んでいる!」
「「落ちろ!」」
レフトライン際に上がった打球を、レフトとショートが追っかけていく。
「走れ、赤村!」
「落ちるぞ!」
「ボールはレフトとショートの間に落ちたー! 赤村は——、三塁を回るー!
レフト丸中、バックホーム!」
「滑れー!」
「間に合え!」
打球が落ちると確信してから走り出した赤村は、三塁ベースを蹴ってホームに突っ込む。そしてホーム手前でスライディングし始めたのと、キャッチャーの田浦が送球を捕ったのがほぼ同時。ホームベース目掛けて滑ってくる赤村に、田浦がボールを掴んだ左手を伸ばす。
「セーフ! セーフ!」
主審が大きく横に手を広げると、一瞬の静寂の後、ワッという歓声と、あぁ、という嘆息がスタンドから漏れた。
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