241.約束


「内山さん!」

「高橋!」


 試合前に軽くブルペンでシャドーピッチングでもしておこうとブルペンの扉を開けると、何やら投手コーチの齋藤、木山と内山が話し込んでいた。


「おう、感動の再会ってやつか?」


「まさか内山さんがムーンズに来るなんて思ってなかったから!」

「俺だってびっくりだよ! そりゃあJPBにもう一回戻るんだって思ってやってたけど、正直1年目にどこからも声が掛からなかったからもう厳しいかなって思ってたしさ。でも本当にここに戻って来れたのも嬉しいし、そこにお前が居るなんて夢を見てるみたいだよ」


 内山が、まるで子どものように屈託無く笑う。


「俺もさっき聞いてびっくりしたよ。まさか来週引退するつもりだったなんてな」

「え? い、引退? どういうことですか?」


 齋藤が唐突にこぼした言葉を、高橋は飲み込めずに思わず聞き返す。


「だって俺、もう今年で27になるからな。今年ダメだったら、もうJPB復帰は諦めるしかないだろうと思ってたんだよ。2年もJPBでプレーしてないキャッチャーを欲しがるような球団なんかもう無いだろうと思ったし、若い内じゃないと再就職だって難しくなるからな」

「再、就職……」


 プロにまで登り詰めたと言っても、それだけで一生食っていけるのはその中でもほんの一握りだけ。球団職員や独立リーグのコーチ、用具メーカーのアドバイザーなど野球に携わる職に就ければ良いのだが、中には辞めた瞬間に無職になる人だって居る。年を取れば再就職が難しくなるのは元プロ野球選手とて同じことで、第二の人生を考えるのであれば踏み出すのはなるべく早い方が良い。


「おいおい、そんな顔すんじゃねぇよ。俺、運良くここにさせてもらえることになったんだからよ」

「はは……」

「おい、愛想笑いでごまかすんじゃねぇよ! ったく……。でもまあ、追いついたぜ、約束通り」

「約束?」

「忘れたとは言わせねぇぞ? 言っただろ、『待ってろ』って、お前がプロ初勝利を挙げた時にさ」


 ——えっと……


「……絶対に何のことだか分かってないって顔だよな、それ」

「……」

「ほら、LINEしただろ! 俺もJPBに復帰するから待ってろって! まあ、あの時はまさかまた同じチームでやれるなんて思わなかったから『お前の球打ってやる』って送ったけどさ」

「あぁ!」

「お前なぁ……」


 ——あれ、約束だったのか……


 抜けかけていた記憶が戻ってくると同時に、どうやら認識の違いがあったらしいことに気付く。


「何だよ、ちょっと不服そうな顔して」

「あ、いや、あれ約束だったのかと思って……」

「あれ、もしかして約束だって思われてなかったのか?」

「ま、まぁ……」


 何となく気まずい感じがして、口ごもりながら高橋は頷く。


「じゃあさ、もう一回約束しようぜ」

「約束?」

「『今シーズン中に、2人でお立ち台に上がる』って約束。それが出来るってことはこのチームに貢献したってことだし、林さんや仲村さんたちを喜ばせようぜ」


 ——!


「もちろん!」


 内山が差し出してきた右手を、高橋は力強く握り返した。



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