102.凱旋③
「高橋、そろそろブルペン行っとけ。」
「はい!」
5回の裏、ネイチャーズの攻撃が始まったところで、齋藤からの指示が飛ぶ。
——もしかすると、本当に内山さんとか亀山さんと対戦することになるかもしれないなぁ。
長いイニングを投げる先発ピッチャーならともかく、中継ぎだと打順の巡り合わせによっては対戦したいと思っているバッターに回らない可能性もある。が、運の良いことに5回のネイチャーズは4番から。よっぽどのことが無い限り、8番を打つ内山か2番を打つ亀山とは対戦できそうだ。
「お、高橋も肩作り始めだな?」
「はい! 捕ってもらえますか?」
「もちろん。まずはキャッチボールからいくか?」
「はい、お願いします」
少しキャッチボールや立ち投げで肩慣らしをした後、投球練習に入る。
「まずはストレート行きます! 最初、3球位は左バッターのアウトロー狙いで!」
練習とはいえ、その目的は肩を暖めておいてマウンドでベストな状態で投げられるようにすることだから、思いっきり投げ込むというよりは一球一球感覚を確かめていく様なイメージ。
「じゃあ、次はスクリュー……」
「あい、あんたあの時のにぃーにぃーじゃない!?」
——! こ、この声は確か……!
どこかで聞いたことのある声、そして方言。はっと視線を上げると、そこには見覚えのあるおっちゃんが、琉球ネイチャーズの青いキャップを被って内野フェンスに張り付いていた。
——間違いない、あの時の……!
忘れるはずがない、食堂で半ば絡まれるような感じで一緒に高校野球を観た時のこと。あれでなぜ林があえて移動が不便そうな沖縄にチームを作ろうとしたのかが分かったのだから。そしてその直後の試合でブルペンに入った時、「応援してるからね」って言ってくれた時のこと。あれが初めてのことだったのだ、何の関係がある訳でもない人が応援してくれて、しかもそれが背中を押してくれていると感じられたのが。
「ネイチャーズからプロに行ったピッチャー居るって聞いたけど、まさかにぃーにぃーだったの?」
「お久しぶりです! はい、おかげさまで今年からムーンズでプレーする事になりました!」
「やっぱりそうだよね!? えー、プロかぁ、にぃーにぃー凄い人だったんだねぇ。あ、ごめんね、練習中だったよね、いきなり見覚えのある人が来たからでーじビックリして思わず声掛けてしまったさー。背番号53なんだね、えー、プロでも頑張ってよ、沖縄からずっと応援するさーね!」
そう言って両拳を握って、「頑張れ」とポーズしてくる。相変わらずの言葉を挟もうにも挟めないマシンガントーク、でもそれがありがたい。
「ありがとうございます! 頑張りますよ!」
そう言いながら右手の拳をおっちゃんの方に突き出して、エアグータッチ。
——覚えていて、くれたんだ……。そっか、ここにも応援してくれる人がいたんだ……
こみ上げてくる熱いものをグッと堪えながら、投球練習を続けた。
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