103.凱旋④


「東北クレシェントムーンズ、選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー、市橋に変わりまして、高橋。ピッチャー、高橋。背番号53。」



 コールを聞いて、小走りでファールグラウンドに設けられたブルペンからマウンドへと向かう。


「バッテリー組むの、初めてですよね。よろしくお願いします!」


 マウンドでは今日マスクを被っている水谷が先に球審からボールを受け取って待っていた。プロとしてのキャリアは3年目だが、高卒でプロ入りしているから実年齢としては高橋の方が3つ上。学生時代から先輩後輩の関係が重視されることの多い体育会系の世界では、年下の選手が基本的には敬語で話すことの方が多い。プロでやってきた年数が向こうの方が長いから、何となく違和感はあるけれど。


「こちらこそよろしくね。あ、えっと……、俺のボール見るのって初めてだっけ?」

「あ、そうですね……、コーチから持ち球はスライダーとスクリュー、サイドスローのピッチャーだ、とは聞いてるんですけど……」

「あ、うん、それで合ってるよ。何か初めて捕ってもらうと皆捕り辛いって言うから、もしかしたら苦労掛けることになっちゃうかもしれないんだけど……」

「でもそれが持ち味なんじゃないですか? それは気にしないで下さいよ、頑張って止めますから。えーと、それで……その、サインってどっちが出します?」


 ——さ、サイン?


 ベンチが配球を指示することもあるけれど、配球を決めてキャッチャーがサインを出すのが一般的である。少なくとも、ピッチャーがサインを出すことはほぼ無いと言って良い。が、中には自分と呼吸が合わないのを嫌ったり、自分の考えの下投げたい等といった理由で自分で基本的な配球を決めたがるピッチャーもいることはいる。特に、ベテランのピッチャーはピッチャー主導で配球を決めて投げていくことで若手キャッチャーに色々教えていくということも多い。とは言えやはり、いくら年上だと言ってもルーキーのピッチャー主導で組み立てていくということはあり得ない。


「いや、好きにサイン出してくれて良いよ?」

「あ、でも高橋さんの方が相手のこと知ってるだろうし……」

「でも結構メンバー入れ替わってるよ、このオフで。じゃあさ、去年一緒にやってたバッター相手にはこっちからサイン出すってのはどう?」

「あ、じゃあそれでいきましょ!」


 ——これで良かった、のかなぁ?


 そう言えば、首を振って違うサインを要求したことはあったけれど、自分からサインを出したことなんて無かった。


 規定の投球練習を終えて、6回裏、ネイチャーズの攻撃に入る。


「6回の裏、琉球ネイチャーズの攻撃は——、9番、佐喜真に代わりまして、浅井。バッター、浅井。背番号39。」


 ——代打浅井!? 今までそんな起用されたことなんかあったっけ?


 成長したのか、単にサウスポーに対する右の代打ということなのか、はてまた高橋のボールを受けたことがあるから、という起用なのか……。


 ——とりあえず、変化球で様子を、いや……


 打席に入った浅井が、足場を平しながらマウンドに目を向けてくる。なぜかその顔には、不敵な笑みを浮かべていた。




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