85.上には上が居る

「捕ったらセカンドね!」

「「はい!」」


 球場横のサブグラウンドで、投手コーチの森川もりかわがノックバットを手に指示を出す。それに呼応して高橋含め数人のピッチャーが声を上げる。


 キャンプでは投手陣も野手陣も3~5人ほどのグループに分かれて、ブルペンやサブグラウンド等を周りながら練習する。このグループ分けは選手としてのタイプや年齢を加味しながら首脳陣によって決められる。1軍初昇格の高橋と同じグループになったのは、兄貴分的存在のベテラン右腕・青原あおはら、勝ちパターンを任される中堅の福原ふくはら、台湾出身の若手右腕・黃志豪フォンチーハオの3人。いずれもリリーフとして昨シーズン、ムーンズのブルペンを支えた右腕たちである。


 今やっているのはバントやピッチャーゴロを捌いてセカンドへ送球する練習。ピッチャーも投げ終われば『9人目の野手』であり、守れない様ではチームの足を引っ張りかねない。投げるだけがピッチャーの仕事、ではないのだ。


「ほい、チーハオ!」

「ヨシ、コイ!」


 フォンがマウンドで投げるフリをすると同時に、森川がノックバットを軽く振ってピッチャー前にゴロを転がす。フォンが数歩ダッシュしてそれを捕り、体を反転させ、右足を踏ん張ってセカンドへ送球。


「良いねー! ナイスプレー、チーハオ!」

「アリガトゴザマス!」


「はい次、アオ!」

「はいよ!」


 青原が同じように投げるフリをすると、また森川が軽くノックバットでゴロを転がす。今度は三塁側に転がした。


「いやーきっつ! よいしょー!」

 細かくステップを踏んで捕球し、サッとボールを右手に移して流れる様に送球。


 ——上手いなぁ……。


 指標としてなかなか表せないから守備はよく評価が難しい、と言われるけれど、確実に上手い下手はある。しかも、上手さにも種類があって、例えばフォンは体の強さを活かしたパワープレー、青原は無駄な動きを削ぎ落とした、という感じのプレーである。


「次、高橋!」

「はい!」


 マウンドで投げるモーションをすると、森川が今度は一塁線に弱いゴロを転がす。一直線にダッシュして、逆シングルで捕球。軽くステップして体を反転させて、ビュッとセカンドへ送球。


「おお、ナイスプレー! 良い動きするな!」

 森川がバットを持ちながら拍手。それにつられて、周りで見ていたお客さんからも拍手がパラパラと貰えた。

 実は左利きだという理由だけで高校の頃にファーストをやらされていた時期があるから、守備は割と得意。特にバント処理やさっきみたいな弱いゴロを捌くのはお手の物なのである。


 ——どうだ、守備に関しては自信あるぜ!


 帽子のつばを触って会釈し、お客さんの声援に応える。ちょっとドヤ顔になっていた気もするけれど。


「ほい、じゃあ福ちゃん!」

「よっしゃあ!」


 福原が投げるモーションをすると、森川が三塁線にボテボテのゴロを転がす。福原が全力でダッシュして素手で捕球、素早く体を反転させてセカンドへ鋭い送球。とにかく動きがケタ違いに速い。


 ——な、何だあの動き!?


「さっすが『杜の野生児』!」

「ナーイスプレー!」


 お客さんからも、おぉという感性と拍手が沸き起こる。そういや、昔横浜を戦力外になった時に野手転向を打診されたり、ムーンズに来てからもピッチャーなのに代走起用されたこともある、なんて話を聞いたことがあった。とにかく身体能力が高い選手なのだろう。


 ——俺、守備だけはプロでもなかなか負けないと思ってたんだけどなぁ……。


 さすがにプロの世界は、一つ一つのプレーのレベルが高い。そして、何を取っても化け物レベルの選手がいる。


 ——やばいな、俺、この世界で生き残れるんかな……。


 褒められたばかりだというのに、あっという間に不安に襲われた。





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