161.命拾い

「本日は、京葉線をご利用頂きまして、誠にありがとうございました。次は、終点、蘇我―、蘇我―、降り口は、進行方向向かって右側です。お降りの際は、車内にお忘れ物などございませんよう……」


 ——やべ、寝落ちしてた……? 今、蘇我って言った……?


 どうやら電車の中で寝てしまっていたらしい。目を擦りつつ顔を上げると、ドアの上の電光掲示板には、『次は、終点 蘇我』の表示。


 ——蘇我か……。ん? 待て、蘇我? 蘇我!?


 背筋が凍る感覚で、一瞬にして目が覚める。確か、乗ったのは蘇我行きの京葉線だったはず。イマイチ距離感とかは分からないけれど、記憶だと乗り換えてから15分とかそこらで海浜幕張駅に着くはずだったから、結構な距離を下り過ごしてきてしまったのではなかろうか。


 プシュー、という音で開いたドアから真っ先に飛び出して、とりあえず改札へ向かう。今までは交通系の電子マネーでばかり電車に乗ってきたから出る時にお金が多く掛かるだけだったけれど、先に切符を買っていたのに下り過ごした時にどうすれば良いのか分からない。


「あ、あの、すみません! あの!」

「はい、どうしました?」

「あ、あの、実は降り過ごしてここまで来ちゃったんですけど……」


 背中に汗を掻きまくりながら、そしてとにかく焦りながら、とりあえず改札横の駅員室に駆け込む。


「えーと、とりあえず落ち着いて下さいね? で、えーと、本当はどこで降りるつもりだったんですか?」


 焦りまくりで上手く喋れていない高橋とは対照的に、落ち着いた様子で駅員さんはてきぱきと対応してくれる。


「えと、あ、あっと、幕張……、あの、球場に行きたくて、その……」

「ああ、海浜幕張駅ですかね? じゃあ、今持っている切符を貰えますか?」

「は、はい」

「あ、あの、いくら位掛かりますか? あんまり小銭の持ち合わせが……」

「ああ、大丈夫ですよ。明らかにうっかりここまで来てしまったご様子ですから、追加料金は請求しませんから。はい、これが代わりの切符です。これを改札に通せば出れますので」

「あ、ありがとうございます!」


 受け取った切符を手に、さっき降りた階段を駆け上がってホームに向かう。


「あ、そっか……」


 当たり前だが、そんなに都合良くすぐに電車に乗れる訳じゃない。ホームに設置してある発車案内ディスプレイの表示を見ると、どうやら次の電車が来るのは7分後。


 ——やべぇ、これ待たせちゃってるよな……


 かと言って、誰が来てくれるのか分からないから、連絡する術もない。一軍にいる誰かに連絡すれば誰が来てくれるのか分かるかもしれないが、降りる駅で寝過ごしたとか恥ずかしすぎるから、伝える範囲は最小限にしたい。虫が良すぎるような気がしないでもないけれど。


 と、その時。左手で握りしめていたスマホが鳴った。


 ——誰だ?


「はい、もしもし?」

「ああ、高橋君かい? ごめん、もう海浜幕張駅に着いてるよね? 実は途中で事故渋滞に巻き込まれちゃってて、あと20分くらい掛かりそうなんだ。もしアレなら、駅前でタクシー拾ってもらって、球場に来てくれても良いんだけど……、球団でタクシー代は出すからさ」


 どこかで聞いた覚えのある声が、優しい口調で話しかけてくる。


「あの、その……」

「ん? どうした?」

「あ、えっと、その……、実は降りそびれてしまって、今、蘇我に居るんですが……、その……」

「……はははっ! やっちゃったか! んじゃ、そのまま海浜幕張駅まで戻ってきな! 予定通り迎えに行くわ」

「すいません、お願いします……」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ——しっかし、あの電話は誰から……?


 聞き覚えのある声だったから、間違いなく関わりのある人だろう。いや、電話を掛けてきてる、すなわち電話番号を知ってるのだからそれは当然なのだが。


「おーい、高橋君、こっちこっち!」

「あっ……!」


 改札を出たところで、電話口で聞いた声に名前を呼ばれた。その声のする方を見ると、そこには手を振る中嶋の姿があった。


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