238.焦燥
「ファースト!」
「小山内さん! トス!」
「あいよっ!」
「アウト!」
4番・内山の打球は高いバウンドで一、二塁間に飛んだ。ファーストを守る小山内が逆シングルで捕球、ベースカバーに入った高橋にトスする。それを受け取った高橋は右足でファーストベースを内山より文字通り一歩分早く踏んだ。
「お疲れさん!」
「よく凌いだな」
「ナイスピッチング!」
——くっそ、絶対にゼロで凌がなきゃいけない場面だったってのに……!
「ごめんな、あんな状況でマウンド渡すことになっちまって」
「いや、こちらこそ本当にすいません。また紀伊さんの勝ちを消しちゃって……」
「いやいや、あれで凌いでくれたんだからありがとうだよ。逆転されたっておかしくない場面だったんだから」
ロースコアの中、8回途中2失点でマウンドを降りたのだから、紀伊は好投したと言える内容である。イニングの途中でランナーを残してマウンドを降りたとは言え、リードを守ったのだから勝ちがつくべきピッチングであった。
——ワンポイントのクセに、何してんだよ俺は……!
打者2人に対して被安打0、無四球無失点。これだけ見れば、ランナーを返してしまったとは言えピンチで3番、4番を迎えるという場面で最少失点で切り抜けたということ考えれば最低限の仕事をした、とは言えるだろう。だが、あくまでもそれは「最低限の仕事」でしかない。
イニング途中で投げるようなピッチャーのことを、よく「火消し役」と表現することがある。打たれ込まれることを野球では「炎上」なんて表現で言い表すのだが、それを防ぐ役目ということである。前のピッチャーが残したランナーをホームに返さないのが「火消し役」の仕事な訳で、いくら自責点が自分に付かなくとも残されたランナーをホームに返してしまえばそれは「期待外れ」と言われても仕方ない。
——こんなんじゃダメだ! こんなんじゃ俺、プロとしてこのまま消えていくことになる……!
それなりの仕事しか出来ないのであれば、一軍のベンチ入り選手の枠を割いてまで左のワンポイントをベンチに入れておく意味はあまりない。今は期待や育成という意味もあって積極的に起用してもらえているのだろうけれど、オールドルーキーということを考えればそんなに時間は残されていないはずである。
——早く、絶対的な存在にならないと……
9回のマウンドに上がったスタールズの絶対的守護神・森井のことを、高橋はじっと唇を噛みながら見つめていた。
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