62.悪夢


「福岡スタールズ、指名終了です。」

「名古屋クインセス、指名終了です。」

「埼玉スピリッツ、指名終了です。」


 ——おい、ちょっと待ってくれ!


「横浜セイラーズ、指名終了です。」

 次々に指名が終了していく。


 ——今年もまた、指名されないのか? また、指名漏れするっていうのか……?


「浪速ラフメーカーズ、指名終了です。」

「東北クレシェントムーンズ、指名終了です。」


 ——えっ……? む、ムーンズも指名終了……?


 そもそも調査書を送ってきたのがムーンズだけなのだから、他球団から指名されることは事実上無いと言って良い。


「——以上で、今年のドラフト会議は終了となります。」








「そんなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ! ハァ、ハァ、ハァ……。」


 ——ゆ、夢、だったのか……。


 飛び起きると、そこは住んでいるアパートの部屋、畳の上に敷いた布団の中だった。


 ——何でドラフト前夜になって、こんな夢見ちゃうんだろう……。


 10月の終わりになったというのに、首元は気持ち悪いくらいに汗びっしょりになっていた。しかも、動悸まで。


 結局広島メープルズがシーズン最終戦で負けてクライマックスシリーズ進出を逃したことで、ムーンズとの試合がドラフト前最後の実践となった。先頭を塁に出して、その後もバタバタしてしまったけれど、やってきた事はある程度出せたつもりだ。一応牽制でランナーを刺せたし、前投げたときの様に好き放題足で掻き回される様な事はなかったし。


 ——やれることはやったつもりだ。けど……。


 もうやれることなんて何も無い。それは分かっているつもりなのだが、それでも不安で、とても落ち着いてなんかいられない。


 ——俺、今年こそ指名してもらえるのかな? また指名漏れしたり、しないかな……。


 ケガやら何やらでネイチャーズ入団以降はほとんど戦力にはなれていないから、去年に比べて注目度はかなり低い。というか、全く注目されていないと言って良いレベルだ。ドラフト特集の様な記事の取材も今年は1つも無かった。それに、高校生や大学生と違って社会人・クラブチーム所属の選手はプロ志望届の提出も無いから、『プロ志望届提出者一覧』みたいなものに名前が載ることすら無かった。去年のドラフト上位指名候補だったとは言え、甲子園のスターでもなかった高橋の名前は、もはや覚えている人はほとんどいないだろう。


 ——もし今年もまた、指名されなかったら……。


 そんな不安で一向に眠れないまま、ドラフト当日の夜明けを迎えた。





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