231.寝耳に水
「た、高橋!」
「はい?」
7月4日の試合前。高橋は試合前にブルペンに向かおうとロッカールームを出たところで、球団の広報の
「どうしたんですか安田さん、そんな息切らして?」
どこからかは分からないけれど高橋を探して走ってきたらしく、安田は大きく肩で息をしている。もう40過ぎになっているとは言え、彼もまた元プロ野球選手だったのだから一般人に比べればよほど体力があるはずなのだが。
「お、落ち着いて、はぁ、落ち着いて聞いて、くれ」
「あの、安田さんこそ落ち着いて……」
「オールスター……」
「はい?」
「お前、オールスターに選ばれたぞ……!」
「え……?」
オールスターゲームとはその名の通り、その年活躍した選手達が集められて試合を行う、「夢の祭典」である。オールスターのことを「球宴」と称することもある通り、言わば年に一度のお祭りでの様なもので、ここに呼ばれるということはプロとして一つのステータスにもなる。
「あれ、俺ってノミネートされてなかったんじゃ……?」
「うん、ノミネートはされてないよ。今回選ばれたのは監督推薦だから」
オールスターの選出方法は「ファン投票」、「選手間投票」、「監督推薦」、そして「プラスワン投票」の4種類ある。最も選出される人数が多いファン投票はその名の通り、ファンがインターネット投票や葉書による投票で、両リーグそれぞれ各ポジションで最も得票数の多かった選手が選ばれる。ノミネート外の選手にも投票することは出来るのだが、そもそもノミネートされていない選手はさほど活躍していないと判断された選手だから、選出されることはまず無いと言って良い。選手間投票も仕組みはほぼ同じだが、こちらは投票するのがJPBのチームに所属される選手というものである。プラスワン投票、というのは聞き馴染みが無いかもしれないが、こちらは選出された選手の他にファンが「この選手も見たい!」と思う選手を、両リーグ1人ずつ投票で選ぶというものである。そして監督推薦というのもその名の通り、オールスターゲームで指揮を執る監督(前年度優勝チームの監督)が数人選ぶものであり、こちらは選手間投票とファン投票で重複して選出された選手が居ることで人数に偏りが出ることを避ける意味合いもある。
「あれ、でももうオールスターの出場選手って発表されてませんか? 昨日か一昨日にそんなニュースを見た様な気が……」
「ああ、今回は追加選出だよ。ベアーズの西宮がこの前ピッチャーライナーを利き手で受けて離脱したろ? それでオールスター出場を辞退するらしい」
基本的にオールスター出場を辞退することは許されておらず、辞退した選手はその後一定期間一軍登録が出来ないというルールがある。とは言え怪我した選手が出場出来る訳もないから、そのような場合にはそのルールを受け入れた上で出場を辞退することになる。この様な場合は代替選手として追加で他の選手が選ばれることになるのだが、今回はその枠に高橋が入ったということらしいのだ。
「喜べ高橋。オールスターなんて縁も無く辞めてくヤツの方が多いんだぜ?」
「ホントに俺、選ばれたんですか? まさか茶化してる訳じゃ……」
「んなことする訳無ぇだろ! 東北クレシェントムーンズの高橋って、お前以外居ないんだから!」
イタズラっぽく笑いながらバシバシと背中を叩く安田の手の衝撃が、信じられない事実を高橋に無理矢理受け止めさせた。
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