234.オールスター③
「ピッチャー、高橋龍平! 東北クレシェントムーンズ、背番号53!」
——ついに俺もオールスターで……!
オールスターに選ばれた選手は試合前に怪我でもしない限り全員出場するのが決まりだから、間違いなく自分にも出番があることは分かっていた。分かってはいたのだけれど、自分がその舞台に立つことが全くイメージ出来ないでいた。
高橋はふう、と大きく深呼吸して、マウンドから球場をぐるっと見渡す。球場というのは当然、グラウンドが見やすいように、さらに言えばマウンドとバッターボックスがどこからでもなるべく見やすい様に設計されている。裏を返せば、球場はマウンドからはスタンド中を見渡せるように出来ているものなのだ。
——これが……!
初めて見る景色だった。12球団のファンが入り乱れて、自分が応援するリーグの選手であればどこのチームの選手なのかなんて関係無く応援している。いつもは違うチームを応援する、言わば敵対関係にあるはずの人たちが一緒になって声援をグラウンドに向けてくれる。
相手ベンチも、ピリついた様子もなくただひたすらに野球を楽しんでいる様に見える。守備に就いている味方も、和気あいあいとしたムードの中でイニング間のボール回しをしている。どこのチームに所属しているとか、どこのチームを応援しているのか以前に、ここに居るのはまず『野球好き』たちなのだ。
「全球ストレートで勝負したいとか、なんか拘りある?」
「いや、そんなことは……。あ、でもスライダー投げたいな、って思いはありますけど」
「そっか、スライダーが一番見て貰いたいボールなんだ?」
「はい!」
「オッケー、じゃあスライダー中心に組み立てよっか! そういえば、持ち球はストレートとスライダー、あとスクリュー系のボールも持ってるんだったっけ? 他に何か変化球持ってる?」
「いや、その3つで合ってます。あの、周りの人たちと比べて精度は低いかもしれないんですけど……」
「何言ってんの! 今日はそんなこと気にしないで、やりたいようにやりなよ! こんな楽しい空気感の中で野球やれるのって、オールスターに選ばれたヤツだけが味わえる特権なんだからさ! 楽しまないともったいないぜ!」
「ウス!」
今日バッテリーを組む、福岡スタールズの阿井が球種や配球を確認する。こんな風に別のチームのキャッチャーとバッテリーを組むことなんてまず無いから、このやりとりですら新鮮に感じる。オールスターでしか絶対に出来ない全球直球勝負なんてことをしてみたい気がしないでもないけれど、それ以上に自分の一番のボールを見て貰いたい気持ちの方が強い。
——実力がどうとか気にならないでもないけれど、そんなこと気にしないで楽しめ、と阿井さんが言ってくれたんだからそうしよう。お祭りだしな。
阿井のサインに頷いた高橋は、にやっと笑ってから、セットポジションに入った。
——さぁ、俺のオールスターの幕開けだ!
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