221.まさかの起用
「やばいやばいやばいやばい……」
——おぉ、白石さんが狼狽えてる……
6月7日、日曜日の名古屋アウルズ戦。シーソーゲームの末に延長戦に突入した試合は、12回の表にムーンズはチャンスを迎えながらもモノに出来ず、この試合の勝利の可能性が完全に潰えたところ。勝ちが無くなったとは言え、こういう試合で負けないということも長いシーズンでは大事なことになる。が、12回までに代打、代走などでベンチに入っている野手はほぼ起用されていて、ベンチに残っているのは控えキャッチャーの横田だけ。中継ぎも高橋を含め、まだ投げていないのはたったの3人だけである。
「頼むから、誰も怪我してくれるなよ……」
選手の交代を告げてベンチに戻ってきた白石が、祈るように呟く。誰かが怪我したとしても、もう代わりに出場出来る選手がほとんどいないのだから白石の言うことはもっともなのだが、それを口に出すとフラグ感が半端ない。
「ここ踏ん張るよ!」
「最後まで丁寧にいこうぜ!」
——いつもならこういう場面で試合に出てる人たちがベンチに居るの、何か不思議だなぁ……
儀間や田口といったメンバーが、それぞれの守備位置に向かうチームメイトたちに声をかけている。守備力がある彼らがこういう展開の試合終盤に出場していないなんてことは滅多にないのだけれど、今日は点を取りに行く為にバッティングが良い選手が優先的に起用されたから既にベンチに退いているのだ。
——あれ、もしかして俺も出番に備えた方が良いのか……?
今日は恐らく投げないと言われてブルペンからベンチに戻ってきた高橋だが、ベンチに掲げられているホワイトボードに野手がもうほとんど残っていないことに気付いて、野手として試合に出る可能性が頭をよぎる。と、その時。
「あの、さ……」
「はい?」
「アマチュア時代、野手経験ってあったりする?」
——ああ、やっぱり……
これを問うてきたということは、何かあったら野手として試合に出て欲しいということだろう。
「一応ありはしますよ。……って言っても、大学の時にファースト守って以来だから、もう2年位はやってないですけど」
「じゃあさ、ちょっとライト守って貰えない?」
「えっ?」
——い、いきなり?
「いや、いきなりでホントに申し訳ないんだけどさ。さっき、島口がデッドボール受けたでしょ? 本人は大丈夫だって言ってたけど、キャッチボール見てるとどうにも膝痛そうなんだよ。明日は試合無いし、いやもちろん高橋の負担を考えてないって訳じゃないんだけど、ただ……」
「守りますよ、白石さん。僕にそれを聞いてくるってことは、それがチームにとってのベストだってことなんですよね?」
傍らに置いていたグラブを右手にはめながら高橋は立ち上がって、白石に向かって拳を軽く突きだした。
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