90.フォーム改造②

 フォーム改造を始めてからおよそ1週間。元々のタイミングを忘れない様にする為にキャンプで組まれたメニューでブルペンに入る時には今まで通りのフォームで投げ込みつつ、メニューが終わってからは新フォームで投げ込む、という日程を繰り返していた。


「うーん、タイミングが安定しねぇな……。本当にほんの少し壁を作るのを遅らせれば良いだけなんだ、そんなに遅らせよう遅らせよう、って意識しすぎなくて良いぞ?」


 毎日遅くまで付き合ってくれている齋藤の言葉に頷いて、セットポジションに入る。


 足を上げて、一瞬右手で壁を作るのを遅らせつつ、足を大きくセカンドベース方向に振って、クロスステップで踏み出す。ここからは今までと同じようにコンパクトに腕を振り抜くだけだ。思い切り腕を振り抜くと、ブルペンキャッチャーが構えていたミットからパーン! という良い音が響いた。


「今! 今のヤツ! 今のタイミング良かった!」

「あ、こんなもんで良いんですか?」

「うん、そんなもんで良いと思うよ。あんまりやりすぎると、せっかく壁作れてる今のフォームが台無しになっちゃうから。壁作れてっから体開かないんだと思うし、何より体開かない様にするためのサイドスロー、クロスステップなんだろ? そこは何があっても変えちゃいけないとこだろうよ。」

「そうですね。確かに、体開いちゃってた頃はメッタ打ちにされましたから……。」


 蘇る悪夢。バッターの左右に関わらず、芯で捉えられて、挙げ句の果てにはどこまでも飛んでいく様なボールをただただ見送るしか無かったあの時のマウンド。もう二度とあんな光景は見たくない。


「良いか、高橋。今回のコレは、フォーム変更じゃなくてフォーム修正だ。サイドスロー、クロスステップ、全部弱点を何とかしようとした末に辿り着いたのがそのフォームなんだろ? それは既に一つの武器になってると思うし、そのフォームだからこその良さは消したくねぇ。このフォームの武器を活かす為の修正だ。だから、そのフォームの強みをキープすることを第一に考えてくれ、な?」


 ——なるほど……。そっか、あくまで今のフォームの弱点を……。


「了解です! そっか、そうでした……、このフォームの強み無くなるのは絶対に嫌っす。」

「うん、それで良いよ。自分の強みを見失うな。」


 ——あれ、何か前にもこんな感じの事を聞いた気が……、あ!



『良いか高橋。プロの世界で生き残りたいなら、「自分の武器が何なのか」を理解しておけ。自分の武器ってのは、他の人が持ってないから武器になってる部分だろ?』


 去年、まだオーシャンズで投げていた頃、仲村に貰った言葉。今の斎藤の一言で、脳裏にぱっと蘇る。


 ——そうだよ、自分が自分の武器見失ってどうすんだよ。俺は凡人なんだから、この世界で生き残ろうと思ったら俺の一番の部分で戦わなきゃいけないだろうに。


 見失いかけていた大切なことを、もう一度思い出せた一日だった。




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