23.初遠征
「次、外角低め行きます!」
「はいよ!」
パチーン!
職員さんが構えたミットから、気持ち良い音がブルペンに響き渡る。
「良いね! ナイスボールだ!」
「じゃあ次、外に逃げてくスライダー! ストライクからボールになる球!」
「オッケー!」
パーン!
「ナイスコース! ドンピシャ!」
初のシートバッティングからおよそ2週間。ブルペンに、心地良いミットの音が響く割合が増えてきた。構えたところにズバリ、とまではいかなくとも、高さ、コースとも『大体その辺り』にコントロール出来る様になってきていた。
「これで50球!」
「じゃあ次でラストで! アウトコースにストレート!」
「よし来い!」
クロスステップで踏み出して、サイドから思いっきり、されどコンパクトに腕を振り抜く。
シュルルルルル、と風を切って、パチーン!という音と共にミットに収まる。
「ナーイスボール! 完璧!」
「ありがとうございました! クールダウンお願いします!」
腕を組んで、マウンドの後ろから見ていた寺田が、うんうん、と納得そうな表情で頷く。
「だんだんコントロール、ついてきたみたいだな。どうだ、試合で投げてみるか?」
「良いんですか? もちろん投げたいです!」
「じゃあ、来週の遠征に連れてくとするか。最低でも1試合は投げさせるけど、どんだけ投げさせられるかは分からねぇ。その1試合かもしれないし、場合によっては3、4試合投げてくれと言うかもしれねぇ。それでも良いか?」
「もちろん! 投げれるんなら何だって!」
「よし、じゃあ用意しとけ! 出発は来週の月曜日、空港に10時集合予定だから遅れんなよ! あ、スーツだからな、間違えんなよ?」
東北クレシェントムーンズ、横浜セーラーズの2軍と計5試合を行う遠征。高橋にとって初めての実戦は、初めての遠征付き。遠征は行く人数も限られる上に疲労も溜まりやすい。だが、彼にとってはそれはむしろ登板機会が増える、アピールチャンスが増えるという好条件である。
※ ※ ※ ※ ※ ※
6月初旬。那覇空港に到着すると、既に20余名のスーツ姿の屈強な体格をした集団が航空会社のカウンター近くにいた。空港のどこ、って聞くのを忘れていたから迷うかも、なんて心配していたのだが……、明らかに周りから浮いていたから迷いようがなかった。
「おう、おはよう高橋!」
「お、今回は高橋も遠征組なのか!」
集団に近付いたら、内山と仲村が声を掛けてくれた。
「おはようございます! ついに初遠征ですよ、俺!」
「修学旅行じゃないんだからさ、そんなはしゃがなくても……」
仲村がかなり落ち着いたテンションで応じる。流石にプロで10年間も投げてきたベテランともなると、遠征なんてもはや日常生活の一部となっているらしい。
「良いじゃないですか、この遠征が初めて俺がこのチームで試合に出れる初の機会でもあるんですから!」
「まー良いけど。張り切りすぎて試合前にくたばるなよ?」
——仙台、遠いわぁ。移動するだけでくたびれた……。
飛行機に乗ること3時間ちょっと。1時半過ぎに那覇を飛び立ったというのに、対居て荷物を受け取ったら、もう5時を回ってしまった。ここからさらにバスで移動すること1時間程。ホテルに到着したのは6時過ぎになってしまった。
「おぉ、あんなにはしゃいでた奴がずいぶんと大人しくなってら。騒ぎ疲れたのか?」
部屋割りで同室になった仲村が、茶化してきた。
「いや、仲村さん、流石に俺はそこまで子供じゃないですから!」
「ホントかぁ? まあ、明日はデーゲームだから、明日に疲れを残したりなんかするんじゃねぇぞ。ノースロー調整とかで何とかするって訳にはいかねぇからな。」
そう、試合をする為にここまで来たのだ。移動に疲れて思う様に体が動きませんでした、なんて話にならない。
「まあ、しっかり食ってしっかり寝ることだな。今夜は早く寝るこった。」
「え、なんか案外普通のこと言うんですね?」
「大事なのはそこなんだよな~、結局。という訳で飲むぞ、ほれ!」
冷蔵庫からビニール袋を取り出して、こちらに缶ビールをよこす。
——夕食後コンビニに行くとは行ってたけど、これ買いに行ってたんかい!
「え、あの、早く寝るって話は……?」
「あれ、まさかお前は酒なんかに頼らなくてもぐっすり寝られるのか!?」
「え、ま、まあそうですね……。」
「羨ましいやっちゃ! 若いって良いなぁ」
結局、1杯だけ一緒に飲んで、割と早く眠りについた。
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