24.公式戦初登板①



「ボール、フォアボール!」

 マウンド上の仲村が、思わず天を仰ぐ。

「アンパイア!」

 思わず投手コーチの寺田がタイムを掛け、マウンドへと走る。内野陣もマウンドに集まってきて、ブルペンに円陣ができる。


 琉球ネイチャーズ対東北クレシェントムーンズ2軍との初戦。6回の裏、クレシェントムーンズの攻撃。9番バッターに粘られた末にフォアボールを出して2アウト1,2塁のピンチを招いた。


 先発ピッチャーの仲村は、ここまで毎回ランナーを出す苦しいピッチングながらも無失点で凌いできたが、ここまで球数103球。マウンド上の仲村は大きく肩で息をし、表情にも余裕が無くなりつつある。


「おい、高橋、準備初めてくれ! 仲村の球数が多いし、7回の頭からお前で行く!」

 ベンチの端で腕を組みながら戦況を見つめていた監督の桐生が、直射日光を避けられる様にベンチの後列に座っていた高橋に指示を出す。


「はい!」

 傍らに置いていたグラブを手に取り、ファールグラウンドに設けられたブルペンへと駆け出す。



「捕ってもらえますか?」

 ブルペンから試合を見ていた職員さんに声を掛ける。

「オッケー!」

「じゃ、まず立ち投げで20球ぐらい行きます!」


 カァァァン! ビシィ!


「アウト! チェンジ!」


 1番バッターが初球を捉えたらしい。が、周囲の動きをみるに、セカンドの正面をついて何とか切り抜けられたらしい。

 ——や、ヤバい。ゆっくり肩を作ってる時間なんて無さそうだぞ……。


 まずは立ち投げで強めに十数球。続いてキャッチャーを座らせてストレートを10球程。続いてスライダーを……


「アウト! チェンジ!」


 ——えぇ? もうこっちの攻撃終わったの?


「行くぞ高橋! 出番だ!」

 寺田がベンチから、手を挙げながら大声で呼ぶ。


 ——マジ!? まだ変化球の確認とか出来てないのに!


「よし、行ってこい!」

 ポーンと背中を職員さんに叩かれ、マウンドへと送り出された。




「ついにここまで来たな。ブルペンとかシートバッティングとかでやってきたことをここで再現すれば大丈夫だ。頼むぜ!」

 そう言って、マウンド上で待っていた寺田がボールを手渡してきた。


 キャッチャーの内山も、防具を着けて、遅れてマウンドに来る。

「そんじゃ、サインの確認しておくぞ。これがストレートで、これがスライダー。んで、これがシンカー系のボールだ。」

「は、はい、大丈夫です。」

「お、なーんか緊張してやがるな?」

「あ、いや、別にそんなこと……」

「心配するなよ、お前のボールを打てる奴なんかそうは居ねぇから。一応6シーズンプロの世界にいた俺がそう感じてるんだ、自信持って投げ込んでこい!」


 胸をポン、とミットで叩いてキャッチャーズボックスに向かう。


 ——ここまで来るのに随分と掛かっちゃったな。よーし、やってやる! そうだ、あのときの俺とは違うんだ!


「琉球ネイチャーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、仲村に代わりまして、高橋。ピッチャー、高橋。背番号47。」


 2軍戦とは言え、数百人規模のスタンドの半分以上を埋める程の客入りがある。仙台と言うこともあって大半はクレシェントムーンズのファンなのだが、中にはネイチャーズのタオルを振ってくれている観客もいる。……のだが


(——誰だ、コイツ?)

(——高橋……? 聞いたことない奴が出てきたな。)


『コイツ誰だ』感が球場中に漂う。大学時代には活躍していたとは言え、甲子園にも出たことが無いし全国的には無名の存在だったのだから当然である。内山や仲村の様に、JPB球団に所属していた選手ならば『ああ、あの選手か』という空気感になるのだが。




「7回の裏、東北クレシェントムーンズの攻撃は、2番、セカンド、坂田さかた。背番号23。」


 ヘルメットのつばに右手を当て、挨拶をしながら左打席にかなり小柄の選手が入る。


 ——確かこのバッター、高校の時に県大会の決勝で当たったチームにいた選手か。ストライクゾーンも小さい上にミートが上手くて、投げづらかった相手だ。


 キャッチャーの内山とサイン交換。初球はストレートのサイン、内山が構えたコースは外角低め。


 コクリと頷いて、フゥっと息を吐く。


 プレートの端っこに足を沿わせ、セットポジションに入る。左足を上げて、その足をセカンドベース方向に大きく振る。クロスステップで足を踏み出して、肘が体から離れない様に気をつけながら、ビュッと腕を振り抜く。


 ——ヤッバい!


 指先から離れたボールは内山が構えたところよりもボール3つ分ほど内側、5つ分ほど高めに行ってしまった。つまり、『絶好球』というコース。



 バッターボックスの坂田が、ビクッと反応して、慌てて背中を向ける。デッドボールを覚悟した、という反応だ。


 パチィィン!


 内山のミットから、快音が鳴る。


「ストーライック!」

 主審の甲高いストライクコールが、球場に響き渡る。


 坂田が驚いた様な表情で、マウンド上の高橋に目線をやる。甘いコースを見逃した『しまった!』という表情ではなくて、『なんだこれ?』という表情。


 内山からの返球を受け取り、すぐにまたサイン交換、セットポジションに入る。さっきと同じく外角低めへのストレート、というサイン。


 右足を上げて、クロスステップで踏み出す。サイドからコンパクトに、されど思いっきり腕を振る。


 指先から離れたボールは、高さは良かったものの今度はボール4、5個分外側へ。完全なボール球だ。


 坂田がバットを出しに行く、が途中で止まるハーフスイングの形になった。


 再びパシーン! という気持ち良い音が鳴る。


 内山が右手を挙げてスイングのアピール。主審がそれに応じて三塁の塁審を指すと、スイングの判定。


 ——あれ? 簡単に追い込めた。こんなボールゾーンに手を出してくる様なバッターじゃなかった気がするんだけど……? プロに入ってバッティングスタイル変わったのか?


 また内山からの返球を受け取って、サインを確認する。外に逃げていくスライダー。


 ——3球勝負、ってことか。カウント的には余裕あるから、とりあえず甘いところにだけはいかないように……。


 クロスステップで足を踏み出し、腕を振り抜く。


 ——お、良い感じ!


 リリースされたボールは、途中から急激に外角へとスライドしていく。左バッターの外側に、ストライクゾーンからボールに変化していく狙い通りのボール。


「あっ、やっべ!」


 坂田が手を出しに来る。外に逃げていくボールに対して左手を放し、右手一本で体勢を崩しながらも必死にカットを試みる。が、バットは空を切り、ボールは内山のミットに収まった。


「「ナイスボール!」」


 三塁側のネイチャーズベンチから拍手と応援が飛ぶ。


 ——あぁ、そうだ、この感じ。試合で投げるって、こんな感じだったな!



「3番、ファースト、小山内。背番号33。」




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