56.最後のアピールチャンス②
「こ、これが1軍の球場か……!」
10月に入り、少し肌寒くなってきた仙台。東北クレシェントムーンズとの練習試合は、作戦の確認をする為に非公開で行いたいというムーンズ側の希望もあって、何とムーンズの本拠地で行われることになった。
——り、立派! それに、綺麗。これが、一軍クラスの設備なのか……!
ベンチに入ると、今まで見たことのない様な光景が広がっていた。
まず、ベンチからして違う。そもそもベンチ自体が広いし、冷蔵庫や扇風機が備え付けてあるし、椅子にはリクライニング機能までついている。グラウンドは、内野はしっかり手入れされた天然芝、外野は人工芝が敷いてあって、 バックネットなんかも補修跡がほとんど見当たらないピカピカの状態。
スタンドには誰もいないし、電光掲示板も公式戦の様な派手なムービー等は無く必要最低限の表示がされているだけではあるが、それでもいつも試合している様なグラウンドとは比べ物にならない程に雰囲気がある。
大学の時に神宮でプレーしたことはあるものの、それとはまた違った空気感。ムーンズが「ボールパーク構想」を掲げて、毎年のようにスタジアムを改築しているからであろうか、レフトスタンド後方にはメリーゴーランドや観覧車まである。それに、バックネット裏のスタンド後方には、飲食店が並ぶコンコースまである。今は営業していないから活気はないのだけれど。
「おう、もうスタジアムの雰囲気に呑まれてんのか?」
後ろから仲村にグラブで背中を叩かれた。
「あ、いや、まぁ……。何というか、立派だな、って。だって、観覧車がある球場なんか、見たこと無いですもん!」
「ハハハ、まあ俺も観覧車ある球場は初めてだけど。ムーンズ相手にここで投げた事、なかったからな。しかも観覧車ができたのなんて、去年の事らしいし。」
「仲村さんは、場に呑まれるとかって無いんですか?」
「いや、普通にあるよ? 特に、ビジターゲームで相手チームのファンばっかの中で投げなきゃいけない時とか。若いころには今のお前みたいに、球場に来ただけでも緊張してたし。」
——え、仲村さんってあんなに冷静そうな感じなのに、緊張するんだ。
「意外か? 俺だって緊張はするんだぜ? でもな、その中でちゃんと自分のパフォーマンスを維持する事を意識してやってる内に、自然とそれが普通になったっていうか……。」
「緊張する中でパフォーマンスを維持する……」
「だってさ、もったいないじゃん、緊張して自分の力出せないなんて。プロってそんな状態で投げて抑えられるような世界じゃないし。」
そんなに真剣そうな感じで話している訳ではないけれど、その口調から言葉を選んで話しているのが伝わってくる。
「相手との駆け引きがある中で、自分と戦ってる様じゃ話にならねぇからな。どんな球場でもマウンドからホームベースまでの距離は18.44メートルだし、ルールが変わる訳でもない。そう考える様になったら、自分のやるべきことをやれば良いんだ、って思える様になったんだよな。」
——自分と戦ってる様じゃ話にならない、か……。これまでの登板で、相手と勝負出来てたことって一体どのぐらいあっただろう?
「と言っても、やっぱり球場の空気感って大きいけどな。応援してもらえると、気持ち乗ってくるし。」
——その感覚、分かるわ……。この前のマウンドで乗れたの、応援されてるって実感したからだったんだよな。
今日は無観客だから、球場の雰囲気は建物そのものの雰囲気でしかないはず。そして相手は一軍クラス。ここでアピールできれば、いよいよドラフト指名も夢物語では無くなってくる。
「まあ、やってる内に余裕が出てくれば、雰囲気に呑まれなくなってくるさ。とりあえず、思いっきり腕振って投げりゃ良いよ。多分、お前のボールはそう簡単には打たれねぇから。」
そう言われながらポンと背中を叩かれて、気合が入った気がした。
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