60.最後のアピールチャンス⑥
尾木がバットを放り投げて走り出す。ややタイミングがズレた分だけ打球が上がらなかったが、鋭いライナーが一塁線を抜けていく。
——マズい! 長打になる! そしてやっぱり足速ぇ!
尾木があっという間にファーストベースを回り、セカンドベースに到達。打球が速くてクッションボールが大きく跳ね返ってきたのが幸いして、ツーベースで済んだ。
「タイム!」
内山が慌ててマウンドに駆け寄る。
「おい、落ち着け高橋。急に周りが見えなくなったぞ、どうした?」
「いや、すいません。大丈夫です。」
「良いから。何も無かったら急にそんな風にはならねぇだろ。何があったんだ?」
「ビビっただけです、すいません。あんなスイングしてくる1番なんて、見たことなかったんで。」
「まあ、あそこまで振ってくる1番は珍しいかもな。でもさ、あれくらい振ってくるバッター、最近じゃ結構居るぜ。っていうか、これからプロの世界に飛び込もうってヤツが、マウンド上でビビっててどうすんだよ!」
内山がミットでポン、と高橋の胸を叩く。
「おい、長いぞ。」
主審が咎めにマウンドに近寄ってきたところで、すんません、と右手で合図しながら内山がキャッチャーズボックスへと走り出す。
——そうだ。何マウンドでビビってんだよ、俺。これからこんな相手と戦っていく事になるんだろうが!
「2番、レフト、
左のバッターボックスに、割とガッチリした体型のバッターが入る。ガッチリしている体型、と言えども決して肥満体型ということではない。むしろその逆、筋肉質でそれなりに足も速そうな感じがする選手だ。
——このバッターも2番打ってるって事は、きっとミートが上手いんだろうな。俺のポカで得点圏にランナー出しちゃったし、まだ1アウトだ。出来ればランナーを3塁までは進ませたくないところだけど、まずはヒット打たれて失点することだけは避けないと。
左のバッターボックスで、島口がやや背を丸めたフォームで構える。
内山が出したサインはスライダー。そのサインに頷いて、セットポジションに入る。チラッとセカンドランナーを目で牽制してから、クイックモーションで投げ込む。
真ん中から一気に外角のボールゾーンへと逃げていく大きなスライダー。
「ストライク!」
思わずバットが止まらなかった、と言う様な中途半端なスイングで空振り。振っちゃった、と島口が天を仰ぐ。
「ナイスボール!」
そう言いながら内山が返球してきたボールを捕り、再びサイン交換。今度は内側に切れ込んでいくスクリューのサイン。それに頷いて、再びセットポジションに入る。
——ランナーが間合いを測っている気がする……!
目線で牽制し、かつボークにならない程度にギリギリ長くボールを持つ。そこからクイックでスクリューを投げ込んでいく。
ガツッッ!
完璧にタイミングは外した。だが、島口が片手で食らいついてきた。力ない打球はファーストの前へ。
「くそっ!」
島口が悔しそうにバットを地面に叩きつける。難なく打球を処理したファーストがそのままベースを踏んでアウト。これで2アウトになった。だが、この間にセカンドランナーは3塁へと進塁し、内野安打やバッテリーエラーでも失点という状況になってしまった。
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