110.意図


「最後のバッターにあれだけストレート続けた理由、教えてもらっても良い?」


 登板を終えてベンチに戻ってきた高橋は、まだ防具を外している最中の水谷に声を掛けた。


「あの、俺も聞きたいことがいくつか……。あと、あの暴投、すいませんでした。」

「いや、あれは良いよ、別に責める気は無いし。どうせ、後でコーチとかから色々言われるんだろ?」

「いや、まぁ、でも……」

「それより、最後のバッターになんであんなにストレートを?」


 同じボールを何球も続けると、バッターとしてはそのボールや軌道に慣れてくる。150キロを超える様なボールを投げられるものの変化球が良くないピッチャーがプロで通用しないのもこの為で、レベルが高い世界になればなるほどミスショットも減って打たれることが多くなる。逆に、140キロそこそこでも活躍する選手は多く、もちろん球質というのもあるが、色んな球種を駆使して目線を外す、緩急をつけることで打者を翻弄する選手も少なくない。


 もちろん配球としてストレートを続けることはあると思うし、それを否定する気は無い。だが、合っていなかったとはいえ3番バッター、長打も考えられる相手にあれだけストレートを続けた理由が知りたかった。


「あのバッター、ストレートを打てなかったからクビになったタイプなんで。確かにパワーはあるし、変化球に対して合わせるバッティングも出来るんですけど、ストレートにはいっつも振り負けるんです。」

「え、そうなの? 高校の時なんか、ストレートだろうが何だろうが打ってたイメージあるのに……」


 対戦したことは無いけれど、超高校級のバッターとして注目されていた頃、見ていて打ちそうな雰囲気がプンプンするバッターだった。甲子園でも高校日本代表の試合でも、振り負けるどころか、どんどん振ってきて右へ左へライナー性の鋭い打球をガンガン飛ばしまくっていた印象がある。


「3年目くらいまでは真逆、どっちかと言えばストレートを得意とするタイプだったらしいですよ。でも、変化球に対応出来ないからって足の上げ方変えたのが上手くいかなかったみたいで。」


 ——そういや、前は足を大きく上げて強く踏み込んでくるフォームだった様な……


「変化球はそれなりに打てるし、ツボにハマればフェンスオーバーもあるバッターですけど、俺はリードしててストレートをまともに打たれた記憶は無くて。」

「だからあんなにストレートを続けたのか……」

「はい。明らかにタイミングもとれてなかったし、打たれることは無いだろうと思ったので……」


 ——なるほど、そういうことだったのか。俺の中での印象が強すぎたのかもしれないな……


「ごめん……」

「え?」

「いや、自分の意思で動きすぎてたんじゃないかな、って思って……。これじゃない、って思ったら首振ってサイン変えてくれ、ってしてたし……」


 これまで、特に年下とバッテリーを組んだ時には遠慮無く首を振ってきた。合点がいかないサインに対しては、キャッチャーの意図とか意識する事も無く。


 ——それじゃあ、キャッチャーとしてもリードし辛かった、よな……


 首を振って構わない、と言ってくれていた加藤や内山と組んだ時にはそれで良いのかもしれないが、そうじゃないキャッチャーは組んでいて大変だったはずだ。特に先輩後輩の上下関係が厳しいことが多い体育会系の世界において、年下のキャッチャーはサインに首を振られて萎縮してしまったこともあっただろう。




「あの、俺も一つ聞いて良いですか?」


 防具を外し終えた水谷が、傍らに置いてあったバッグの中からゴソゴソとノートとペンを取り出す。


「あの浅井ってバッターの時、何で早いカウントでスライダー使ったんですか? 決め球として使うつもりなら、あんな風にカウント球で投げない方が良かったんじゃ無いかな、って思うんですけど……」

「あ、あれは相手が相手だったからだよ。バッテリー組んだことあるからさ、決め球にスライダーは待たれるんじゃないかなって思って。右バッターだしね。」

「あ、なるほど……」

「じゃなきゃ多分、あそこはスクリュー投げたと思う。左対左ならどんな相手でもスライダーで行くと思うけど。」

「左対左だったら、スライダーには絶対の自信があるんですか?」

「まぁ、スライダーは俺の生命線だからね。一番自信あるよ、やっぱり。」

「なるほど……」


 それを聞いて、水谷はサラサラッとペンを走らせる。


 ——熱心だなぁ……


 この熱心さもまた、彼の良さなのだろう。この厳しいプロの世界で生き残っていくには、「まあいいや」で済ませてはならない。そう感じさせられた一幕であった。


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