109.凱旋⑩


「ツーアウトォ!」


 水谷がホームベースの前に出て右手で「影絵のキツネ」の形を作ってアウトカウントを確認。ちなみに、野球ではアウトカウントを確認する時にはワンアウトならば普通に人差し指を立て、ツーアウトなら影絵のキツネの形を作って合図するのが一般的である。無意識にやっていたから普段その理由を気にすることはないのだが、どうやらピースサインでツーアウトを表すと外野から指を1本立てているのと見間違えやすくなるから、ということらしい。


 ——しっかし、肝座ってんなぁ……


 何か仕掛けてくるだろうと警戒していて、そして肩に自信があったのだとしても、暴投した直後に躊躇なく思いっきり投げるというのは相当な度胸が無ければ出来ないことだろう。練習試合とは言えそれをあっさり出来てしまうあたり、出てくるのに時間がかかると言われるキャッチャーというポジションで高卒3年目ながら一軍で起用される所以なのだろう。


 これでツーアウト、ランナーはいなくなった。カウントは1ストライク1ボールの平行カウントだ。


 ——これで2アウト、ランナーは居なくなった。盗塁を警戒する必要も無いし……


 再びマスクを被って座った水谷が、パパパッとサインを出してくる。出されたサインは内角へのストレート、最初に投げたのと同じボール。


 ——えぇ? 変化球挟まないの? 同じボールを続けるってこと? でも、まぁ……


 好プレーをした直後というのは、気持ちも乗っているものだ。そんな中で出してきたサインだ、それに何の理由もなくサインを出すとは思えない。戸惑いつつも、そのサインに頷いてセットポジションに入る。今度はゆっくりと足を上げて、大きくセカンドベース方向に振ってから、クロスステップで踏み出す。体からヒジが離れすぎない様に気を付けつつ思いっきり腕を振り抜く。


 リリースされたボールは、クロスファイアの軌道で増尾の懐をえぐっていく。


 パチーン!


 デッドボールを覚悟した増尾は思わず足を一歩引く。


「ストォーライッ!」


 主審のコールが響く。「えっ、今のがストライクなの?」という様なリアクションを増尾が見せるが、無論判定は覆らない。


 ——その反応、全然俺のボールが見えてないってことか?


 水谷が大きく頷きながら、力強く返球してくる。狙い通りの組み立てが出来ている、ということだろう。


 再び水谷が座り、次のサインを出してくる。サインはまたしてもストレート、ただし今度はアウトコースのボール球。


 ——なるほど、確かにさっきの反応を見る限り、打たれそうにないもんな。2ストライクでゾーン広げて待ってるはずだし、カウントにも余裕あるから振ってくれたらラッキー、って感じか?


 サインに頷いて、セットポジションに入る。


 ——あぁ、何か余裕無さそうな顔してるな……。


 打席の増尾は、集中こそしているものの、どこか戸惑っている様な顔をしている。それがタイミングが取れていないからなのか、狙い球を絞れていないからなのかは分からないけれど。


 足を振り上げて、一瞬タイミングを遅らせて右手で壁を作り、体重移動。そこからクロスステップで踏み出して、思いっきり腕を振り抜く。


 指先を離れたボールは、水谷が構えた所よりもボール1つ分位高く浮いたけれど、狙い通り外角のボールゾーンへ。


 増尾は思いっきり踏み込んで、バットを出しに来る。


「くっ……!」


 パチーン!


 増尾のバットは空を切り、ボールは水谷のミットに吸い込まれる。


「ストライク! バッターアウトォ!」


 主審の右腕が上がり、増尾も天を仰ぐ。


「ナイスボール!」


 水谷がマウンドに向かってミットを突き出して、煽る。それに応えて、高橋も水谷に向かってグラブを突き出した。


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