226.駆け引き
「3番、レフト、西原龍也! 背番号、63」
——何か仕掛けてきそうだな……
打席に入る前のメープルズ側のサイン交換が少しだけ長かった。デッドボールの直後だし単に揺さぶってかく乱させたいだけかもしれないけれど、敢えてここで警戒させる意味もあまり無い。何か仕掛けようとしていると考えた方がよっぽど自然であろう。
——うん、やっぱそうだよね……
儀間もやはり何かあると感じたのだろう。初球は牽制のサイン。これで様子を見ようということだ。
プレートに沿わせていた左足を後ろに引いてから、ピュッと一塁へ投げる。一塁ランナーの菊名は、まるでそれを予想していたかのように悠然と足からスライディングせずに帰塁する。
——盗塁、ではないのか……?
菊名は俊足だし、仕掛けてくるなら盗塁なりエンドランなり、何かしらランナーに動きがあるだろうと思うのだが、その類いのサインが出ていたならばこんなに余裕を持って帰塁することは出来ないはず。初球は様子を見るだろうと踏んでいたならばそういう戻り方が出来るかもしれないが、普通は初球に牽制が来ずにスタートを切り損ねたりしたら、なんてことが頭をよぎるもの。少しでもそういうものがあったならばここまで余裕を持って戻れないはずなのだ。
——掻き回したいだけか、考えすぎか……?
特にサインが出ていなかったのに見間違えてサイン交換に時間を掛けただけかもしれないし、「走者の判断でスタートを切っても良いよ」というグリーンライトのサインが出ただけかもしれない。いずれにせよ何かしてくるかも、という警戒は必要だろうがそれを意識しすぎて自分たちのペースを崩すのも馬鹿らしい。
儀間はもう一度牽制のサインを出してくる。が、高橋がそれに首を小さく振ったのを見て、ストレートのサインを出し直す。高橋はそれに頷いて、クイックモーションから外角低めに構えられた儀間のミット目掛けて思いっきり左腕を振る。
「ストライク!」
高さ、コース共にギリギリのところを突いたボールは一杯一杯のところに決まってストライク。ランナーはスタートを切らないし、バッターも何かしようとする素振りも無くあっさり見逃してきた。
——ここで仕掛けてくるか……?
仕掛けるのであれば、2ストライクと追い込まれる前のこのタイミングだろう。勝負所ではあえて2ストライクから仕掛けることもあるだろうけれど、こういうプレーは失敗すると一気に流れが相手側に傾く。6回のランナー1塁の場面でそんな賭けには出ないはずだ。
——どうする? 牽制? それとも走って来ないと読んで変化球でゲッツー狙い?
色々想定しながら、儀間の次のサインを待つ。
——なるほど……
出されたのは釣り球のサイン。振ってくれたらラッキーだし、盗塁を刺しにも行きやすいボール。高橋はそれに頷いて、セットポジションに入る。
——走ってくるか……?
いつもより少し長めにボールを持って、菊名のタイミングを外す。そこからパッと足を上げて、そこから思いっきり腕を振る。
「「行ったァ!」」
——エンドラン……!
盗塁のスタートより少し遅れて、菊名がスタートを切ってくる。サイン通りに高めに投じられた速球に西原はフルスイングするも、バットはボール一つ分下を振り抜く。
——な、なんで……
中腰の体勢で捕球した儀間が、素早くボールを右手に持ち替えて矢の様な送球をセカンドへ。
若干ファーストベースの方に流れた送球を捕球したショートの尾木が、ベース目掛けてスライディングする菊名に、すれ違いざまにその太ももの辺りにタッチする。
「アウトォ!」
——何であんなフルスイングしたんだ? エンドラン、だよな……?
サバサバした感じでベンチに戻っていく菊名の後ろ姿を、高橋は首を傾げながら見送った。
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