74.キャンプイン①

 ——え、こんな所にまでファンっているんだ!?


 1月末日。キャンプ地の沖縄へ向かう飛行機に乗るため、チームバスで仙台空港に向かったのだが、到着すると既に数十名のファンが待っていた。


「行ってらっしゃい!」

「今年も頼むぞ!」

「今年も応援してます!」


 バスから降りて搭乗口へ向かう途中、選手タオルやレプリカユニフォーム等を掲げながら声援を送ってくれている。日曜日ということもあって、家族連れで見送りに来てくれている人たちもいる。


 ——え、え、こういう時ってどうしたら良いんだ?


 こんな風にファンの声援を受けたのは初めてで、どう対応すれば良いのか分からない。とりあえず先輩を真似れば良いだろうと思って周りを見てみたけれど、笑顔で手を振り返す、会釈だけする、など選手によって反応は様々だ。


 ——えーと……、そうだ、松ちゃんとか、他のルーキーは……?


「ありがとうございます、行ってきます!」


『#1 松本裕樹』という応援ボードを持ったファンに向かって満面の笑みを浮かべながら手を振って声援に応えている。さすが今年の甲子園のスターにしてドラフトの目玉だった黄金ルーキー、ファンの期待も大きいらしい。


 ——いや、さすがに俺にはあれは無理……。


 結局、手を振ってくれているファンの前を小声で「ありがとうございます」と口ごもりながら通り過ぎることしか出来なかった。



「初々しいなぁ、おい!」

 後ろから聞き慣れない声。振り返ると、そこにはイタズラっぽい笑顔の髙鍋誠人たかなべまことがいた。


「慣れてない感じが良いねぇ、こんな風にファンに囲まれるのは初めてか?」

「は、はい……。」

「そんなに肩肘張る必要なんて無ぇよ、リラックス、リラックス! ありがたく気持ちを受け取れば良いんだよ、応援してくれてんだからさ!」

 そう言って軽くポンっと高橋の背中を叩く。


「ファンサービスってさ、そんなガチガチになってするもんじゃないぜ。お前がファンの立場だったとして、選手に変に気を遣わせてるとか感じたら申し訳なく思っちゃうだろ?」

「た、確かに……。」

「だからさ、俺らも一緒になって楽しめば良いんだよ。もしくは『応援ありがとう!!』って気持ちを伝え返せば。」


 今年で16年目を迎えるチーム最年長の大ベテランは、さすがに色々と心得ている様だ。今年から打撃コーチも兼任するだけあって、面倒見も良い先輩だ。


「特にキャンプはファンと関わる機会が多いからな。せっかくだから、ファンサービスの感覚も掴んじゃいなよ。応援して貰えてるっていう実感ってさ、結構大きな力になるから。」


 ——去年のキャンプはファンと関わる事なんてほとんど無かったからなぁ。それに、散々打ち込まれて、挙げ句の果てにはケガまでしちゃったし……。


 期待半分、不安半分といったビミョーな心持ちの中、キャンプ地の久米島へと向かうチャーター機が滑走路を離れた。





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