70.旅立ちの日に

「すいません、何から何まで手伝って貰っちゃって。」


 年明け早々、引っ越し準備の為に荷物を整理しているところなのだが、なぜか林が手伝いに来てくれている。


「気にするんじゃねえよ。っていうか、俺がやりたくてやってんだから。」

「やりたくて?」

「うん。だってこのチーム立ち上げた時の一つの夢だったんだよ、こうやってここで成長してプロに行く選手の引っ越しを手伝うのが。このチームから巣立っていく選手達を送り出したいんだよ。」


 プロ野球の新人選手は基本的には数年間、チームの寮で生活することになる。これは若い選手は給料が安くて生活するのが大変なのでそれを援助すると言うことの他に、いつでも練習できる環境を提供すること、さらには栄養管理やトレーニングの管理などを学ぶことなど、プロの世界で生きていくための土台作りをすることもまた一つの目的である。


「もう高橋は球団の施設は見てきたのか?」

「一応、一通りは……。今住んでる人がいる関係上、寮の中だけはまだ見せてもらえませんでしたけど。」

「やっぱり何もかもが立派だっただろ? ウチとはそれこそ比べ物にならない位。」

「まあ、その……」


 ——あれ? これ、あんまり立派だったって言うと林さんに失礼か?


「……気を遣ってんの分かるから、正直に言いな。変に気を遣われる方がグサッと来るから。」

「すみません……」


 琉球ネイチャーズが使っている施設が良くない、ということでは決して無い。むしろその逆で、プロ球団がキャンプで使う様な施設を使えているのだから、十分すぎるほど恵まれた環境である。マウンドもサブグラウンドもあるし、室内練習場に至ってはキャンプで使用しているプロ球団からの要望もあってチームが出来る前の年に新築されたばかり。さらにトレーニングルームやビーチも自由に使える理想的な環境は整っている。


 だが、やはりJPB球団はレベルが違った。球場は1、2軍ともに練習試合でマウンドに上がったから驚きは無かった。だが、最新の器具が揃うトレーニングルームやジェットバス付きの風呂など、とにかく何から何まで揃っていた。さらには球場に停めてあったクルマが高級車ばかりで、胸躍る様な気分になったのも事実である。


「そんな世界で、これからお前は戦っていくんだぞ。」


 ——えっ、何考えてたか今、声に出てたか?


「あからさまにうろたえやがって。お前の顔に何考えてんのか書いてあったぞ。楽しみなんだろ、これからあのマウンドで投げれるのが。」


 最後の段ボールにガムテープで封をすると、林が立ち上がり、右手を差し出した。


「行ってこい、高橋。お前なら大丈夫だ。」


「はい!」


 がっちりと握手した掌には、優しさと力強さがこもっていた。



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