1.あの日の挫折

 その日、高橋は戸山大学のチームメイトと一緒にテレビにかじりついていた。決して「ドラフトの目玉」なんて呼ばれる存在ではなかったけれど、東都六大学の3年の秋季リーグで最優秀防御率を獲得、リーグ3位の勝利数としっかり結果は残せていた。スリークオーターから投げ込む大きく曲がるスライダーは、プロでも通用するとの前評判であった。4番を務めて安打数リーグ新記録を更新した、同学年の高倉翔人たかくら しょうとにMVPは持っていかれたものの、投手ベストナインにも選ばれた。


 4年になってからは肩を痛めてほとんどマウンドには立てていなかったけれど、それ以前の実績は十分だと思っていた。いや、実際に報道でもドラフト候補として取り上げられていたし、なんならある新聞の指名予想では3位までに指名されるだろうと書かれるほどであった。だから高橋自身も、てっきり上位指名されてプロに行けるものだと思っていた。プロ球団からの調査書が、4球団から届いていたことも相まって。


 各球団のスカウトや監督、そして編成部長などが用意されたテーブルにつき、いよいよ選手指名が始まった。


「千葉フライヤーズ、ドラフト第1巡目選択希望選手——高倉翔人、右投げ右打ち、内野手、戸山大学」


 大学内に用意された会見場に集まっていた報道陣のカメラのフラッシュが、おお!というどよめきと共に一斉に光を放った。緊張した面持ちでいた球友が頬を緩ませたのを横目に、次は俺だ、と胸を高鳴らせて自分の名前が呼ばれるのを待った。が、なかなか名前が呼ばれない。


「——大江戸クラフトマンズ、ドラフト第5巡目選択希望選手——中野颯真なかの そうま、外野手——」


 次々とドラフト会議は進んでいく。が、なかなか「高橋龍平」とコールされてくれない。ここまでくると、おおよその注目選手はどこかの球団に指名されている。隣の高倉の様にドラフト上位指名ともなれば、記者会見がもう進んでいるほどである。



 信じられないようなアナウンスが流れ出したのは、各チームの第5巡目指名まで終え、6巡目に入った時だった。


「——福岡スタールズ、指名終了です。」


 えっ……、嘘、だろ……?指名終了のコールが繰り返されていく。


「——名古屋クインセス、指名終了です。」

「——埼玉スピリッツ、指名終了です。」


 次々に指名が終了していく。指名を終了する球団が出始めたと言うことは、言い換えればこれらの球団は『今年はもう獲得すべき選手はもういない』という判断をしたのだということでもある。指名を待つ側にしてみれば、キツい言い方をすれば、『ウチにはあなたは要りません』と言われたのである。


 ——いや、待て待て! 指名終了? 嘘だろ?


 12球団あるとはいえ、そして指名確実との評判であるとはいえ、さすがにショックは大きい。だって、いくつかの球団には『要らない』と言われてしまった訳だから。


「——浪速ラフメーカーズ、ドラフト第7巡目選択希望選手、……」

 ——それにしても呼ばれない。さすがに焦ってきた。指名、されるよな?プロ入りできない、なんてことないよな?頼む、頼む、頼む・・・。もう指名順位なんてどうでも良いから、俺を指名してくれ——……







「——横浜セーラーズ、育成ドラフト1巡目選択希望選手、……」

「——……」











「——以上で、今年のドラフト会議は終了となります。」




 ——1軍には出場できない契約となる育成枠でさえも、『高橋龍平』の名前が呼ばれることはなかった。高橋龍平の、大学からのプロ入りという長きに渡って思い描いてきた青写真は、この瞬間に崩れ落ちた。







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