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RURI
序章 必殺仕事人
9月に入ってシーズンもいよいよ佳境を迎えた東北クレシェントムーンズ対埼玉スピリッツのナイターゲーム。東北クレシェントムーンズが1点を勝ち越した直後の、7回表守備。青白いカクテル光線に照らされたマウンド上で、ムーンズの先発ピッチャー
「ツーアウトランナー1、2塁。カウントは3ボール2ストライク。バッターはスピリッツ不動の1番、
この試合のターニングポイントとなる局面に、両チームの監督が身を乗り出す。ムーンズベンチでは、投手コーチがブルペンにつながる電話の受話器に手を掛けた。
左のバッターボックスではスピリッツの1番バッターが、小刻みに足でタイミングをとっている。
ランナーを気にしながら、古村は投球動作に入り、腕をしならせる。オーバースローから投じた外角低めへのフォークに、鍵山のバットがピクリと反応した。が、そこでバットが止まる。
「これはバットが止まりました、フォアボール! 埼玉スピリッツ、勝ち越された直後のこの回、逆転の大チャンスを迎えます!」
「クソっ!」
マウンド上の古村は思わず天を仰いだ。
「よっしゃ、ナイセン!」
粘った末のフォアボールに思わずスピリッツベンチから、歓声が上がる。
球場内にドッとため息が広がる。ライトスタンドのスピリッツファンのボルテージは、この試合最高潮に。
「あーそして、
投手コーチの言葉にマウンド上の古村は小さくうなずき、マウンドを降りた。
「クレシェントムーンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、古村に代わりまして——」
一瞬の静寂ののち、『必殺仕事人』のテーマが場内に流れる。
「——背番号53、
コールと共に、背番号53がベンチから勢いよく飛び出していく。
「左の
身長171㎝、73㎏。180㎝オーバーの身長が当たり前のプロ野球の投手としてはかなり小柄である。一般的に、高身長であるほどボールに角度をつけて投げられるため有利とされるが、彼はその武器は持ち合わせていない。
規定の投球練習を終えると、高橋はフッと息を吐き、表情をピリッとさせた。左打席に、細身の2番バッターがオープンスタンスで構えた。
「さあ、マウンド上の高橋。セットポジションから、第一球……投げました!」
一度足を大きくセカンドベースの方に大きく振り、クロスステップで踏み出す独特のサイドスロー。その腕から放たれたボールがひざ元にククッと曲がりながら落ちていく。
バギョッ!
「窮屈そうなスイングになる! バットが折れた、打球は一塁方向へ転がってファースト正面のゴロになる、ファーストが大事に捕ってそのまま一塁キャンパスに入る! アウトだー! スピリッツ、大チャンスでしたが結局この回無得点!」
ワァッ、という歓声が球場中のムーンズファンから沸きあがる。
このたった1球が、彼の本日の任務の全てである。仕事を終えた小柄な53番が、右手にはめた黄色いグラブをポーンと叩き、表情を緩めてベンチへと駆け込んだ。
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