83.見る人が見れば

 アイシングをベンチ裏で巻いて貰ってから荷物をまとめようと再びベンチに戻ってくると、丁度試合が終わって居残り練習の準備を始めようとしているところだった。


 ——こんなんじゃ、信頼してもらえないよなぁ……。


 荷物をまとめながら、一人溜め息をつく。


 ムーンズでの初実戦は、1イニングを被安打1、奪三振1、四死球0、失点1(自責点0)。エラー絡みのヒットでランナーが3塁まで進塁した為に自責点は付かなかったものの、あっさりとスクイズを決められての失点。試合終盤の1点が勝敗を左右する様な大事な場面を任せて貰える様になるには、ああいうピンチの場面でも無失点で切り抜けられる様なピッチャーでなければならない。どうしようもないような失点の仕方はともかく、スクイズの様な作戦は想定しておくべき場面だった。


 ——次のチャンスではしっかり結果を出さないと……。


 ルーキーとは言え既に24になる歳。同い年には既に1軍で活躍している選手も多く、高卒でドラフトにかかった新人選手とは違って今年がルーキーイヤーとは言え育てる為に何年も待って貰える様な立場ではないはずだ。


 ——まずはコントロールをもう少し安定させないと、かな。今日も変化球抜けてカウント悪くしちゃったし……。



 荷物もまとめ終わって、ベンチ裏に戻ろうとした時だった。


「高橋、ちょっと今良い?」

「はい?」


 振り返ると、そこにはムーンズの監督、白石耕介しらいしこうすけが立っていた。


「明日から、こっちの練習に来てくれ。1軍昇格だ。」

「えっ? え、俺ですか?」

「おう、もちろん。今日のピッチング見て、上で見てみたいと思ったからな。」

 白石が笑みを浮かべながら頷く。白石が続ける。


「どうした? 何か信じられない、って表情してんな。」

「いや、まぁ昇格は嬉しいんですけど、今日抑えられなかったのに何で昇格なのかな、って……」

「んー、まあまだキャンプだし、結果が全てじゃないからな。昇格の理由は単に今日のお前のピッチングを見てて、上で見たいと思ったから、だね。」


 ——ってことは、俺のボールに何か感じてくれた、って事なのか……?


「ちなみに、お前の昇格は俺だけじゃなくて投手コーチとヘッドコーチも二つ返事で『そうしよう』ってなってたからな。お前は良いボール持ってるよ、自信持って上がってこい。」

「ぜ、全員、ですか?」

「おう。抜け球はあったし課題はまだまだあるけどさ、良いもんは持ってるよ、間違いなく。何より、お前はちゃんと考えてプレーしてんのが分かるからな。」

「考えてプレー……」

「あれ、意識してやってんじゃないのか、細かいプレーとかさ。」


 ——細かいプレー……、ダメだ、スクイズ決められたことしか思い出せないや……。


「えぇ、無意識にやってたのか? ほら、例えば小濃への5球目、お前ランナー居なかったのにクイック気味で投げただろ。」


 ——あぁ、そういえばそんなことした気も……。


「それに、お前、今日まともに打たれてないだろ? 小濃の当たりもどん詰まりだったし、スクイズ以外はお前に防ぎ様のあるプレーじゃなかったしな。」

「ま、まあそれは……」

「そう心配すんなよ、見る人が見りゃ分かるよ。お前には光るもんがある。それに自信持って磨いていけ高橋。」

「うす!」


 上でも見たい。監督にそう言って貰えただけで、モチベーションは全く違ったものになる。


 ——やってやる。


 決意を胸に、夕陽が差し込むベンチを後にした。


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