72.新人合同自主トレ①
「じゃあ、まずは恒例のシャトルランといきますか!」
毎年恒例の、新人合同自主トレが始まった。新人合同自主トレ、とはその名の通りその年の新人選手たちが集まって、キャンプインまで合同で行う自主トレのことである。新人選手は他のプロ選手との交流も無ければ体作りをどうすれば良いのか分からない高卒選手なども多いため、球団の施設に集まって球団のトレーナーさんの下で学びつつ自主トレをやろうよ、という趣旨のものである。まあ、新人選手同士で打ち解けたり、スタッフさん達と交流することもその目的なのかもしれないが。
体力測定も兼ねてなのか、何故かどの球団も新人選手全員でシャトルランをするのがお決まりとなっている。
——骨折してる間、結構走ってたからなぁ。ここでちょっとアピールしとこう。
よく「プロ入りしてしまえばドラフトで指名された順位なんか関係ない」とは言われるけれど、やはりどうしても注目度が高いのはドラフト順位が上の選手になる。もちろん結果が全ての世界ではあるのだが、ドラフト順位というのは言ってしまえば期待の高さの順な訳であり、下位の選手であればあるほどアピールする機会が少なくなりがちになってしまう。もちろんプレーでアピールするのが一番なのではあるが、ここで注目を集めておいて、ちょっとでも首脳陣に印象づけておきたい。最下位指名での入団だから、アピールチャンスがどれだけ貰えるかは不明瞭なのだから。
「よーい、スタート!」
「高橋さん、余裕あります?」
「そりゃあまだ10往復目だもん。
「何言ってるんすか! 俺のシャトルラン最高記録、130オーバーっすよ?」
——マジか……。
まさかの強敵出現。しかもドラ1。
そういえば、入寮してからの合同自主トレが始まるまでのここ数日間で、周りの選手たちとの距離が一気に縮まった気がする。特に松本はドラ1になるほどの実力がありながら、何とも憎めないキャラと高校生らしいあどけなさとが相まっていつの間にか自然と彼を中心に人の輪が出来る様になっていた。
——高校生には負けたくねぇ……!
「次の120でラスト!」
——ちくしょう、何でアイツこんなに体力持つんだ?
119回目を折り返したところで、松本はまだまだ涼しい顔で走っている。既に何人も脱落して、気付けば走っているのは2人だけになっていた。
「高橋さん、最後速い方が勝ちで!」
——えぇー!
松本が走るスピードを上げる。まだ余裕があるらしい。こちらを振り返りながら笑顔を浮かべている。
「よっしゃー! 勝ったー!」
松本が両手を挙げてぴょんぴょん跳びはねる。
——一体どこからその体力が出てくるんだ?
結局、完走はしたものの最後のダッシュはついていけなかった。
「俺の勝ちっすね!」
「……」
もう完全に息が上がってなにもしゃべれないまま地面に這いつくばっている高橋の顔を覗き込む様にして、してやったりという表情を見せてくる。確か走る前に勝負しようとは言ってなかったはずだが。
「よーし、じゃあ次はメディシンボール使ったトレーニングするぞー! 二人一組でペアになれ、余ったヤツは俺と組むぞ!」
トレーナーがいくつかメディシンボールを抱えて持ってきた。どうやら休む時間はないらしい。
「高橋さん、組みましょうよ!」
——ホント、どこからそのスタミナが出てくるんだろう?
超高校級スター筆頭候補のポテンシャルの高さを、目の当たりにした一日だった。
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