92.1軍帯同
「高橋、13日、金曜日かな? 毎年恒例の第3クール初日にやる光州ドライバーズとの練習試合、投げさせて良いか?」
——マジで!?
第3クール初日の練習試合に投げさせる。それは第3クールも1軍帯同する、と言われたのと同じである。しかも、第3クールから後半クール開始で、チームは久米島から沖縄本島に移動する。このタイミングで独自調整の認められている主力選手の多くが1軍に合流する他、2軍は久米島に残る為1,2軍の行き来が難しくなるからここで沖縄本島移動組に入ったということは基本的にキャンプが終わるまで1軍ですよ、ということでもあるのだ。
「え、良いんですか!? めっちゃ投げたいっす!」
試合で投げられるチャンスを逃すなんて選択肢、ある訳がない。13日の金曜日、というのがちょっと不気味な気がしないでもないけれど。
※ ※ ※ ※ ※
「おぉ、すげぇ綺麗……。」
2月13日、金曜日。前日に沖縄本島に移動した1軍メンバーは、第3クール初日となるこの日、まだ完成してから2年ほどしか経っていない新築の球場のグラウンドに立っていた。
那覇から高速を使って1時間ほど、沖縄本島のほぼ中央部に位置する小さな町が後半クールのキャンプ地となる。周囲には雑木林と畑が広がる中に、いきなり開けた場所があって、そこに球場やブルペン、屋内練習場などが建っている。外野の防球ネットの向こう側には野菜か何かを育てている畑があって、今日はちょうど風が外野から吹いているからちょっとアレな堆肥の匂いが流れ込んできている。
外野では既に今日の対戦相手、光州ドライバーズの選手たちがウォーミングアップを始めている。光州ドライバーズは韓国のプロチームで、ムーンズが来るまでこの球場でキャンプを行っているチームである。韓国のチームの方が一足早くキャンプ打ち上げとなるのだが、せっかく同じ球場を使うのだからと、この入れ替えのタイミングで練習試合をするのが恒例となりつつある。実はムーンズが沖縄本島に移動する理由もここにあり、沖縄本島には日本、韓国、台湾の球団が集まってくるから練習試合を組みやすいのだ。
「よーし、試合開始は13時だ! ここでのストレッチ終わったらピッチャー陣はサブグラウンドに移動、各自キャッチボールを始めてくれ。ただし、登板予定の人は野手人に交じってここに残ってくれ、ブルペンもグラウンドにあるやつ使う事!」
「Wanna play catch?」
いきなり今季入団のリリーフ右腕、ヘルマンが英語で何か話しかけてきた。
——ん、何て言ってんの? プレイキャッチ……、キャッチボール?
「あー、えっと、お、オーケー、オーケー!」
イマイチ何て言っているんだか分からなかったけれど、とりあえずウキウキした様子でボールを掲げてこちらに「ボール投げるよ」と合図しているあたり、どうやら合っていたらしい。
対外試合とはいえ、まだキャンプが始まってから2週間ほど。まだまだ先発陣も長いイニングを投げるような時期ではないし、リリーフ陣も主力はまだまだスローペースで調整している段階。すなわち、調整の為に投げる主力以外の出場選手はいわばお試し起用の選手たちであり、特に新外国人を含め新戦力にとっては一番出場機会が得やすい時期である。それと同時に、ここで結果を出せないとこの先の出場機会は得にくくなる。つまり、出して貰えている内に結果を残さなければ、もう二度と一軍に上がることなくこの世界を去らざるを得なくなるかもしれないのだ。
バッチーン!
キャッチボール相手のヘルマンが思い切り投げ込んでくる。キャッチボールでこんなに強い球投げられることなんて今までに無い。
——痛ってー! 何でキャッチボールでこんな思いっきり投げてくんの?
気合いが入ってるのか、文化の違いなのか、はてまた彼独自のルーティンか何かなのか……。
「Thanks! Let's do our best!」
キャッチボール終わりに握手してくる彼の手が、何故かものすごく力強かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます